表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

428/497

第428話・それがギャップ萌えってやつよ

 

「わっ、一気に部屋暑くなった」


 突然の室温上昇に、思わず汗ばむミライ。

 眼前で感情グチャグチャな顔をしているカレンからは、猛烈な熱が放たれていた。


 まるで、人間ボイラーである。


「わっ、わたし……わたしがっ! アルス兄さんを意識!?」


 カレンがこの家に訪れた真の目的。

 それは、絶対に認めたくない、あってはならない感情の相談。


 “アルスへ抱いたモヤモヤ”についてだった。

 だがこれは、決して恋なんかではないとカレンは断言する。


「あり得ない!! あんなズボラ兄さんに……恋心なんて! 絶対抱くはずないもん!」


 カレンにとって、このモヤモヤは正体不明の霧。

 決してアルスを“意識”してだとか、1人の男として見ているとか、そんなこと––––


「あっちゃいけないのよ!!」


 断固否定。

 これ以上ないくらいに、全力で肯定の反対方向へ突っ走る。

 だがミライからすれば、顔を真っ赤にして動揺している時点で自白しているようなものだった。


 しかしここで安易に認めさせるのは、おそらくカレンの持つ謎のプライドが許さないだろう。

 はてさて、どうしようかとパーカーの袖を捲っていると……。


「あらカレンちゃん、好きな人できたの?」


 熟考していたミライの背後から、黒髪の清楚な女性が現れた。


「か、カコナさん……!?」


 ミライの母親にして、日本人––––カコナ・ブラッドフォードだった。

 彼女は、ひとまず落ち着いてと言わんばかりにテーブルへジュースを置いた。


「わかるわ〜、最初の恋って認めたくないものよねー」


「違っ……! これは違う何かです!」


「まぁまぁ、とりあえずオレンジジュース飲んで。もう部屋の温度が30度超えそうだし」


「あっ、すみません……」


 氷の入ったジュースがカレンの喉を通ると、熱気が鎮まっていく。

 彼女の身体からは、薄っすら蒸気すら出ていた。


 ここは、人生経験豊富な母親に託してみようとミライは横にズレる。


「落ち着いた?」


「ぷはっ、はい……一応」


「じゃあ、その恋じゃなくてモヤモヤ––––誰に抱いたの?」


 目の前に座ったカコナから、スッと目を逸らすカレン。


「ミライ姉さんの……彼氏で、わたしの義兄です」


「アルスくんか〜、あの子良いわよね。とてもしっかりしてそうで」


「そ、そんなこと無いです! だって兄さんったら、家では結構だらしないし、休日はいっつも寝坊するし! とても学園の生徒会長とは思えないんですよ!」


「ふむふむ、それはいわゆる––––ギャップ萌えってやつね」


「ギャ、ギャップ、萌え……?」


 飲み干したグラスを手に、口を開けるカレン。


「そうよ萌え! 普段だらしないと思ってた身近な人が、実は結構な優良物件だったーなんて、素晴らしいシチュエーションじゃない」


 カレンはすっかり忘れていた。

 このカコナという人物は、超が付くほどのヲタク母だった。

 まさに、この親にしてミライありという関係だ。


 日本人はみんなこうなのだろうか……。


「た、確かにギャップは感じましたよ。でもそれは果たしてこのモヤモヤの原因なんでしょうか」


「さっきチョロっと聞いたんだけどさ、アルスくんと今日キスしたんでしょ?」


「ッ!?」


 またも部屋の温度が上がったので、慣れた手つきでカレンのコップに追加のジュースを淹れる。

 さすがに子供の心情変化やコントロールは、人の親なので高レベルだった。


「原因は別だとしても、キッカケはそこなんじゃないかしら? 正直に言ってみて、初めてのキスは……カレンちゃんにとってどんなだった?」


 注がれたジュースに口をつけながら、カレンは火照った頬を赤く染める。


「……わたしが炎属性魔導士で、元が体温高いのは知ってますよね?」


「うん、平熱が38度だったかしら?」


「そうです。だからわたし……人の暖かみっていうのをよく知らないんです」


「ほー」とミライは頷く。

 確かに、普通の人間なら平熱時の体温は36度前後。

 カレンとは2度以上も違うことになる。


「昔から、人と手を繋いだら……わたしは凄く冷たく感じたんです。ハグされたりしても、握手しても……“人は冷たい”というのがわたしの常識でした」


「うん、それで?」


「だけど今日……アルス兄さんとキスした時、初めて“暖かい”と感じたんです。可笑しいですよね、体温が全然違うはずなのに」


 首をゆっくりと横に振ったカコナは、優しい口調でカレンに話しかける。


「可笑しくなんか無いわよ、今日どんなことが起こったかはわからないけど。簡単な話じゃない」


 指が鳴らされ、軽快な音が響く。


「それってつまり、アルスくんがカレンちゃんの体温を超えちゃうくらい頑張ったってことよ」


 単純、しかしそれだから故に気づかなかった理由。


「アルスくんはね、カレンちゃんのために……きっと精一杯頑張ったんだと思う。それこそぶっ倒れてもおかしくない体温になるまでね」


 カコナの言葉は、まるで穴だらけのパズルを埋めるピースだった。

 確かにアルスは切り札たるブルー・ペルセウスを使い、さらに『超神力砲』なる異次元規模の技を放った。


 常人なら死んでいてもおかしくない。

 そう、アルスはカレンとキスした段階で、相当無理をしていたのだ。


 だが彼はそんなこと一切表に出さず、カレンの能力を奪還するためにひたすら命を賭けてくれた。

 それは無意識の内に誠意として伝わり、結果としてカレンはキスを許した。


 普段だらしなくて、ズボラでウザッたい兄を……“ちょっとカッコいい”と思ってしまった。

 モヤモヤの始まりは、根本を辿ればそこに行き着く。


「だから言ったでしょ? それがギャップ萌えってやつよ」


 カコナ・ブラッドフォードは、自分の過去を思い出しながら快活に言い切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ