第426話・わたしにとってのヒーロー
––––ミリシア王都 第10区内。
無力化したアーシャさんを、俺たちはミリシア国家公安本部にそのまま引き渡した。
この組織は、以前アリサをスパイ容疑で拘束––––処刑しようとした連中だが、あれ以来かなり改革が行われたらしい。
国を脅かしかねない力を持つ俺たちを若干警戒しつつも、彼らの対応は非常に親切なもの。
勇者についてはアイリなどの王族から指示があったらしく、引き渡しはとてもスムーズに終わった。
それに飽き足らず、戦闘で傷を負ったアリサの手当てなどもしてくれたのだ
さらに––––、
「君らは職業上警戒しなきゃならん対象だが、悪いヤツじゃないのは知っている」
とまで言われた。
俺もアリサも公安の監視対象だと暗に示す発言だが、そこに悪意の類いは存在しないとも明言した形だ。
しかも、今回引き渡しを担当した公安捜査官は、数ヶ月前に汚職をしていたクラークと共に生徒会室へ踏み込んで来た人間。
彼はアリサを見るや、まず真っ先に頭を下げた。
「彼の汚職に気づかないばかりか、君たちには本当に不愉快な思いをさせた……。今さら許してくれとは言わんが、ここで謝罪させてくれ」
そんな捜査官の姿を見せられては、こちらも嫌味など言う気は起きない。
アリサは「別に気にしてない」と微笑み、少なくともずっと気にしていたらしい彼へ安堵を与えた。
こういう引きずらない性格が、また彼女の素敵なところだ。
それもあってか、治療後––––帰り間際に捜査官は自分の財布を開いた。
「俺たち公安に代わっての勇者討伐……改めて感謝する、これは俺からの個人的な気持ちだ。君たち夕食、まだだろう?」
そう言って渡されたのは、なんと金額にして約1万レルナ。
学生の飯代にしてはあまりに多過ぎた。
もちろん最初は断ったが、相手の気持ちを汲めば素直に受け取るのが自然……ということで。
「お腹空いたね……、どこで食べよっか」
「そうだな、せっかく頂いたものだし……ちゃんと飯代で使い切るのが義理ってもんだ」
畏れ多くも、ありがたく頂くことにした。
俺もアリサも、かなり派手に魔力を使ったので既に腹ペコだったのもある。
今なら、どんな量の飯でも入る気がした。
「使い切るならさ、焼肉行こうよ! 焼肉!」
「あぁ〜良いな、この辺りにあるっけ」
「ある! 駅前に食べ放題、ちょうど1人5000レルナのお店。最近できて気になってたんだ」
「よし、んじゃそこ行くか」
「やた〜ッ」
顔を綻ばせるアリサ。
聞けば距離にしても全然遠くないし、歩いて10分程度だ。
雑踏を進みながら、隣を歩く彼女から質問を受けた。
「気になってたんだけどさ、アルスくんと戦った後……お姉ちゃんから神力の類いを一切感じなくなったんだよね。何したの?」
「そうだな、彼女の中の勇者という存在自体を跡形もなく滅却した……って言うのが正しいか?」
「わかりづらいよぉ、もう少し具体的にお願い」
「あぁ〜……じゃあ」
俺は改めて、昼の戦いを思い起こす。
「俺が『滅竜王の鎧』に変身して戦ったのは、知ってるよな?」
「うん、ミライさんとカレンさんの魔力を、アルスくんから感じた」
「あの状態の俺は、どうもこの世の理にちょっと触れられるらしい……。既に決まった事象を––––キャンセルすることだってできちまう」
俺はさらに続けた。
ルールブレイカー決戦時。滅竜王の衣を発動して、不死の女神となった実の妹レイを……存在の根本から消し去ったことも。
つまり––––
「今回アルスくんは、お姉ちゃんが勇者になるために天使と交わした契約自体を消滅させた……ってこと?」
「そういう解釈で構わない、滅国戦技は通常の滅軍戦技と違う。絶対に変えられない事実を消してしまう力を持っているんだ」
話がややこしくなっちまったが、要は概念や生き物に限らず、任意の対象を消滅させられるのが俺の血界魔装。
滅竜王の力だ。
「なんか……凄いね、アルスくんはやっぱり特別だ。さすが竜王級の名は伊達じゃないよ」
「みんなの力を借りなきゃ、変身すらできないけどな。ぜんぜん完璧じゃない」
「それでもアルスくんは、わたしにとって特別だよ。君はお姉ちゃんを殺さず……天使から解放してくれた。わたしたち姉妹の救世主、正真正銘のヒーローだ」
ニヒっと笑うアリサの顔が、街明かりに照らされる。
アーシャさんを人間に戻したのが、さっきまで正しい判断だったか俺もわかりかねていた。
けど、こうして大事な恋人が……間違ってなかったと言ってくれる。
ヒーローねぇ……。
「まったく柄じゃないな」
思わず笑いが漏れる。
「それも感じ方の1つだよ、アルスくんはそれで良いと思う。自然体大事」
「そうだな、俺はこれからもこのスタイルを貫くよ。じゃあそうと決まったらアリサ––––」
右手に1万レルナ札を挟みながら、目の前の店を見上げる。
「夢にまで見た他人の金で焼肉だ。味わいつつ……出来る限り、とことん食うぞっ」
「もちろん! 戦闘で傷んだこの服は今日で捨てるし、臭い気にしないで食べよう!」
俺たちはそのまま、勢いをもって焼肉店へ突撃。
90分食べ放題コースを選んだ。




