第425話・チューリッヒ・ディフェンスVS王国新生近衛連隊
夜闇で包まれた海に航跡が広がる。
湾内を突っ走る2隻のタンカーは、出口を示す灯台を見て逃走の成功を確信していた。
「間も無く湾外に出ますよ! ここを抜ければすぐにアルスフィア洋、フェイカー製造拠点のある『メトシェラ島』まで行けば万事問題ありません!」
先行する1番タンカーの船橋で指揮を執っていたのは、チューリッヒ・ディフェンス副社長のペーターだ。
彼もまた、ミリシア王都の壊滅を目的に入国してきた民間警備会社の一味。
仕事が失敗した以上、もうこの国にはいられない。
なんとしても逃げ切ろうと、最大船速で船を走らせていた。
「ペーター副社長、3番タンカーの出航報告がまだのようですが……待ちますか?」
ブリッジに入って来た若い社員が、不慣れな様子で尋ねた。
それに対し、ペーターは顔すら向けずに叫んだ。
「必要ありません、このまま湾外へ出ますよ!」
「しかし……、もし社長たちのタンカーが襲われていたら––––」
響いた銃声が、二の句を止める。
拳銃を取り出したペーターが、社員の足を撃ち抜いたのだ。
「あ……ッ! がぁ!!」
「女々しい男は嫌いです、この会社には覚悟した人間しかいないはずなんですがねぇ……。言っておきましょう。自らの脱出以上に優先すべきことなどありませんよ」
周囲の社員たちは、誰1人として介抱も心配もしない。
その代わりに、淡々と仕事を続ける。
副社長の言う通りで、生きて次の仕事を貰うには3番タンカーの心配などしていられないからだ。
たとえ社長に何かあっても、今さら引き返すような真似はしない。
なにせ、もうすぐで念願の脱出が––––
「前方!! 岬の影から艦影!!」
見張り員が声を張り上げる。
銃をしまったペーターは、すぐさま双眼鏡を目の前に置いた。
「忌々しい……!! 行動が読まれていましたか。ミリシア海軍め」
レンズ越しに見えたのは、今一番見たくなかったもの。
湾の出口を封鎖するように、3隻の駆逐艦が陸地の影から飛び出て来たのだ。
「ふ、副社長……!」
「狼狽えるんじゃありません! 大きさはこちらが圧倒的に優っているんです! 最大船速で突き破りなさい!!」
「りょ、了解!!」
船足を上げた直後、駆逐艦の数箇所で閃光が瞬く。
前後にある主砲をこちらへ指向し、発砲したのだ。
タンカーの左右で、激しく水柱が上がる。
「前進! 前進!! 駆逐艦程度の砲でタンカーは沈められません!! 恐れてはいけませんよ!!」
甲板上に海水が叩き落ちる中を、2隻のタンカーは一直線に進んだ。
ペーターの言う通り、駆逐艦の主砲でタンカーに致命打は与えられない。
だが砲撃のせいで、見張り員が実質的に無力化されてしまう。
ミリシア軍の狙いはまさにそこだった。
艦隊との距離が3キロを切ったところで、異変は起きた。
湾の一番狭くなる場所へ差し掛かった瞬間、左右の陸地から高速のボートが複数発進したのだ。
最新の特殊船艇であるそれは、RHIBと呼ばれる複合艇だった。
辛うじて発見することの出来た見張り員が発砲するも、高速で機動するボートを捉えることはできない。
それどころか、船艇先端部に搭載された機関銃の掃射によって返り討ちにあってしまう。
ペーターが警告を出す頃には、既にタンカーの側面へ張りつかれた。
「甲板員は何をやってるんですか!! 全員、近接戦用意!!」
グラップリングフックと呼ばれる道具で素早く甲板へ上がって来たのは、紺色の迷彩服を着込んだ男たち。
名を––––王国近衛連隊だった。
彼らはあっという間に上部甲板を制圧すると、積まれたコンテナの影へ散開していく。
迎撃に向かったチューリッヒ・ディフェンスの社員が、発砲する間も無く続々射殺される。
近衛連隊は以前まで、前大隊長であったベリナとカルミナにより汚職の温床と化していた。
それがアルスに敗れたことをキッカケに、大英雄グラン・ポーツマスが抜本から改革。
今やミリシアトップの戦闘集団となっていた。
「左右見張り台は探照灯を甲板へ向けなさい! 我々はブリッジの窓を全部割り、機関銃を据え付けるのです! 奴らを近づけてはなりません!!」
ペーターは取り得る全ての手段を講じた。
いくら軍の精鋭だろうが、高所からの機銃掃射なら––––
「副社長! 後続の2番船が炎上! 通信不能に……!」
そちらにも敵が乗船したのかと、ピーターは見張り台へ出て双眼鏡を構える。
この時、双眼鏡ではなく銃を持って出れば少しは運命も変わっただろう。
燃え上がる2番タンカーから、1つの光が飛び出した。
空中で弧を描いたそれは、鋭利な剣に焔を走らせた男。
「ぬぅんッ!!!」
巨大な火球となり、急降下した大英雄グラン・ポーツマスは、たった一振りで大型タンカーの船橋を縦にぶった斬った。
溶断された面が赤く変色し、船が後方に一瞬沈み込む。
スクリューは弾け飛び、強制的に航行停止へ追い込まれた。
当然ながら、船橋にいたペーターたちなどは即死だった。
燃え上がるタンカーに降り立ったグランは、新調した迷彩服姿でミニタブを耳につける。
「制圧完了です、アイリ殿下」
『ご苦労様です連隊長、積荷は無事ですね?』
「問題ありません、そちらはお怪我などございませんか?」
『大丈夫よ、今連中の3番タンカーと社長さんを抑えたところ。で、どうでした? アルスさんの助言で再編された近衛の人員と装備は?』
砕けたブリッジに剣を突き刺しながら、グランは下の甲板で丁寧に仕事をする部下たちを眺めた。
「もはや別次元ですね、汚職がいかに近衛を蝕んでいたかよくわかります」
『そうね、いっそのこと––––アルスさんを近衛の装備、人事担当官に任命しようかしら』
「およしください殿下、彼は私の店のアルバイトです。いくら王女様でもアルスくんは渡せませんよ」
『あら残念、大英雄は釣れないですね』
ミリシア壊滅の片棒を担ごうとした民間警備会社『チューリッヒ・ディフェンス』は、進化した新生ミリシア近衛連隊と大怪盗イリアによって壊滅。
数百個の『フェイカー』は、天界に戻ることなく確保された。




