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第423話・民間警備会社チューリッヒ・ディフェンス

 

 12月31日 午後8時––––【王都、港湾区画】。


 アルスたちが勇者討伐を達成した裏で、この大事件を引き起こした人間達は作戦の失敗に慌てていた。

 スイスラスト共和国一の規模を誇る民間警備会社、『チューリッヒ・ディフェンス』の社長。


 名をダニエルもまたその1人だった。

 彼らは、出航寸前のタンカーに近い倉庫で必死に作業を行っていた。


「荷物の積み込みを急げ!! 我々が関与したという証拠は1つも残すなよ」


 彼の身を包むのは、マガジンポーチの付いた防弾ベストに迷彩服というもの。

 ダニエルに限らず、この場に40人はいる男性たちも同じ格好だ。


 彼らは前述したように、民間警備会社の社員。

 わかりやすく言えば傭兵に近い存在だが、雇われ殺人者というイメージが悪さをしてか、最近はこの手の呼称が一般化しつつあった。


 冒険者ギルドと少し似ているが、彼らの主な職場は紛争地域や正規軍の支援。

 ようするに、戦争屋だ。


 この『チューリッヒ・ディフェンス』も例に漏れず、主に政府や国防省から仕事を貰っている。

 そんな彼らが、先程から必死に箱へ放り込んでいるのは一見ただの石ころにも見える物。


 人工宝具『フェイカー』だった。


「アルナ教会の勇者共め……、せっかく俺たちが危険を冒してフェイカーをこの国に入れたってのに。殆ど使うことなくアッサリ負けちまいやがった」


 悪態をつきながら、ダニエルは手に持った銃を撫でた。

 彼が持っているのは、木製のハンドガードに金属製の本体、何より折りたたみ可能なストックが付いたアサルトライフル。


 それは共産主義国家の盟主であるミハイル連邦が生んだ、AKS-47と呼ばれるコンパクト・アサルトライフルだった。

 口径は7.62ミリで、この会社の標準的な武装である。


 作業を見守っていたダニエルの元へ、社員の1人が駆け寄る。

 彼の手にもまた、同じ銃がスリングで提げられていた。


「社長! 1、2番タンカーは『フェイカー』を満載して既に出航。現在湾外へ向けて順調に航行中とのことです」


「それは良い報せだ、仕事は速く、そして確実にがモットーの会社だからな」


「ミハイル連邦の野蛮で戦争下手な民間警備会社と、俺たちはレベルが違いますからね」


「そういうことだ、例の竜王級魔導士には一度会ってみたかったが……依頼人(クライアント)が今すぐ引き上げろとうるさい。作業完了後、3番タンカーにて俺たちも脱出するぞ」


「了解しました」


 踵を返しながら引き返していく社員を見て、ダニエルはひとまず息をついた。

 今回の依頼は、スイスラスト政府から直に来た仕事。


『フェイカー』によって戦闘員を強化して、勇者を現地で支援せよとのことだった。

 まぁそれも、今日の午後に教会から届いた勇者敗北のメッセージでオジャン。


 報酬は前払金のみとなり、今や大急ぎで持ってきた宝具を担いで逃亡の最中。

 そういう意味では、低品質で野蛮なミハイルの警備会社とそう変わらないと思った。


「もう後30分もすれば積み込みも終わるか……、ミリシア国外に出てしまえばこっちのものだ。俺たちの痕跡は何一つ残らない」


 ふと、ダニエルは倉庫の天井を見上げた。

 無機質で埃まみれのそこは、何年も掃除されていないことを示している。


 鉄製の頑丈な屋根をボーッと見つめていると、


「ん?」


 一部が赤く変色し、ジワジワと広がっていった。

 それが“高熱による融解”だと、ダニエルは間一髪で気づいた。


「全員!! 中央から離れろォッ!!」


 骨組みごと天井が吹き飛んだ。

 重たい瓦礫が熱を持って、鉄骨ごと大音量と共に落下してくる。


 社員はせっかく箱に詰めたフェイカーを放り、散り散りに逃げる。

 煙に覆われた倉庫内で、月明かりが差し込むと同時––––


「やーっと見つけましたよ、スイスラストの悪い傭兵さん♪。アルスさんの予想通りですね」


 凛と透き通った声が、大穴の開いた天井の方から響く。

 月を背に宙へ浮いていたのは、純白のマントをはためかせた少女だった。


 同色のシルクハットから飛び出た、シャンパンゴールドの長い髪が風に漂う。

 その風貌を一言で現すなら、“怪盗”だった。


「テメェ……! 何者だ!」


 AKS-47の重いコッキングレバーを引いたダニエルは、薬室(チャンバー)に初弾を装填。

 躊躇なく銃口を少女へ向けた。


「フッフ、その箱から飛び出してるの……フェイカーですよね? 貴方たちが運び込んでるのは今日知ったばかり、間に合って良かったです」


 帽子のつばを上げた少女は、向けられた無数の銃口に動じることなく言い放った。


「そちらにある人工宝具、このまま持ち去られるわけにはいきません。あくまで譲らないと言うなら」


 マントをはためかせ、彼女は堂々宣言する。


「このわたし––––正義のスーパー大怪盗! イリアが頂戴いたします!」


 決め台詞と共に、王国第一王女アイリ・エンデュア・ミリシアは、マント型宝具から大型の汎用重機関銃をスルリと取り出した。


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