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第422話・愛情は拳で語れ

 

 俺は焼け焦げたクレーターの中心まで行くと、そこに倒れるアリサの姉––––アーシャ・イリインスキーを見下ろした。


 身を覆っていた神力は僅かも残っておらず、力無く地面に横たわっている。

 小さく開いた口からは、まだ僅かに呼吸の音が聞こえた。


「殺さないん……ですね」


 背後に立っていたのは、血界魔装を解いて元の銀髪姿へ戻ったアリサ。

 その口調は、時折出てくる“素の性格”だった。


「いくら中身がアレでも……恋人の姉を、勝手に殺せないだろ」


 微笑みながら振り向くと、彼女もまた安堵したように目を瞑った。


「不思議な方ですね、あなたと話していると……どこか心が落ち着きます。おっしゃるように、恋人と言うのは本当のようですね」


 記憶を失いながらも、アリサは俺を唯一の存在と認識してくれていた。

 それが俺には冗談じゃないほど嬉しくて、つい地面へ座り込んでしまう。


 てっきり東風が茶化してくると思ったが、彼はいつの間にか消えていた。

 今この場には、気絶するアーシャさんを除けば俺とアリサしかいない。


「最後の援護、本当に助かったよ。アレがなかったら中途半端な威力で攻撃するしか無かった」


「……咄嗟だったんです、あなたが負けないことは確信していましたが。殺害じゃなく……お姉ちゃんを無力化するとなると結構器用さが必要なので」


「不器用な彼氏で悪い」


 首を横に振りながら、アリサは俺の横へ腰を下ろす。

 お互いビショビショで、とても泥臭い姿だと思った。

 けど、これもまた悪くないと感じる。


 しばらくして、どこか申し訳なさそうな顔をしながらアリサは俯いた。


「ごめんなさい……、まだ。名前が思い出せないのです。あなたのことが大好きなのに、肝心なところが全然出てこない」


「そういう魔法なんだから、仕方ないだろ。お前が持つ魔壊は基本外部にしか影響を及ぼせないしな」


 太陽が眩しい。

 さて、そろそろ本題と行こうか。

 俺はアリサの手を取り、そっと引き上げた。


「……じゃあ、ちょっと振り返ってみようか。アリサ、俺たちはどうやって出会ったんだ?」


 アリサはしばらく考え込んだ後、小さく溜め息をついた。


「すみません、やっぱり思い出せません。でも、きっと素敵な出会いだったんでしょうね」


 あの日のことを思い起こす。

 学園入学試験に訪れた俺へ、授業をサボったアリサが突然現れて勝負を挑んできた。


 記憶を失ったアリサからすれば、アレも素敵な出会いの形だということを示していた。


 それを口で説明するのは簡単だが、多分一助にすらならないだろう。

 だったらと、彼女の笑顔に、俺は不器用ながらも優しく微笑み返した。


「そうだな、確かにそうだったよ。でも、それよりも重要なことがあるんだ」


 俺はアリサの手を握りしめ、彼女に真剣な目を向けた。


「アリサ、俺たちは今、本当に愛し合っているか?」


 彼女の瞳が瞬き、そして確信と自信のこもった返事が来る。


「もちろん、あなたがわたしを愛してくれているのと同時に、わたしもあなたを愛しています。それが恋というものでしょう?」


 まるで、彼女が自分自身に問いかけていたような言葉だった。

 でも、俺はそれがたまらなく嬉しかった。


「ありがとうアリサ。ちなみになんだが、俺たちはこれから一緒に何をしたいと思う?」


「えっと……、どうでしょうか? お散歩や、映画、レストラン、カフェ巡り……あとは、自然を感じられるところに行くのも素敵ですよね」


 アリサの提案に、俺は手を繋ぎながら頷いた。


「それはいいな、アリサ。でも……今はそういう前段階的なことよりも––––」


 繋いでいたアリサの手を強引に引っ張った俺は、若干緊張しつつも行動を起こした。

 迫る顔は、驚きに満ちていて––––


「んむっ!」


 互いの唇が触れ合い、溶け合った。

 冷えているはずなのにとても暖かく、彼女の舌は少し血の味がした。

 でも、


「ぷはっ」


 ほんの数秒という僅かな時間だったが、さすがに驚いたらしいアリサが仰け反りながら叫ぶ。


「なっ、ななっ……! いきなりどうしたのさ“アルスくん”!! って……えっ!?」


 飛び出て来た言葉へ真っ先にビックリしたのは、口にした本人だった。


「悪いなアリサ、今までそれらしいデートとか出来てなくて。お前が実は恋愛脳だってのすっかり忘れてた」


「やっ……! そうじゃなくて、いやそうだけども! なんで記憶が」


 あわあわと困惑する可愛い恋人に、とりあえず答えを教えてやる。

 アリサからすれば気づくはずも無く、俺にしてみれば簡単過ぎる方法を。


「今のキスで、お前の魔壊竜の力をちょっと頂いた。んで、また返してやった。それだけだ」


「えっ……、でも魔壊の力は効かないんじゃ」


「言ったろ、その能力は“外部”にのみ有効だって。俺という外からの干渉であれば、お前の記憶に掛けられた封印はアッサリ解ける」


 考えてみれば当然で、あまりにも簡単過ぎる方法。

 けど、意表を突かれたアリサはすぐに俺の魂胆へ気づいた。


「……もしかして、どこに行きたいとか聞いたのって……」


「あぁ、お前の深層心理が知りたくてちょっと……な。意地悪してすまん、けどこうでもしないと、お前自分からリクエストしないだろ」


「くっそ……、やられた」


 再び近寄って来たアリサが、おもむろに俺へ体重を預けた。

 雨とアリサの良い匂いが混ざり、鼻を触る。


「ほんっと、君にはまだまだ勝てないなぁ……。ちょっとは近づけたと思ったんだけど」


「そう簡単には追い越させねーよ、なんたって俺は––––」


 見上げてくるアリサへ、俺も顔を綻ばす。


「将来とびっきり強くなったお前に、ぶん殴られる予定の彼氏だからな」


 真実の愛とか、ロマンチックな愛とか、記憶を取り戻す過程で得るドキュメンタリーな愛とか、

 そんなのは俺たちにとってどうでもいい。


 俺たちはただ––––


「愛情は拳で語る……、だもんね」


「あぁ、その通りだ」


 ピッタリと、互いの拳をくっつけ合う。


これにて『王都勇者編』は完結です、次回から天界への大反抗––––『フェイカー島攻略戦編』が始まる予定です。

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