第419話・忘れてしまう言葉ではなく、愛情は拳で!
「これは、ミニットマンの仕業かな……? こんな覚醒展開、側から見たらこっちが悪者みたいで嫌だね」
東風の前に現れたのは、冗談のような光景だった。
起き上がった瀕死の勇者は、“なんらかの干渉”を受けて潜在能力の全てを解放した。
溢れ出た神力が黄金のオーラとなり、大気摩擦でスパークを発生させている。
強さの次元も、先程とは比べ物にならなかった。
「天使を騙る悪魔め……。アリサを返しなさい」
「ッ!!」
穿たれたのは、神速の斬撃。
反射で後方へ飛び退いた東風は、まだ動けそうにないアリサを横へ押し退けた。
「うっひょ!」
2人の隙間をギリギリで通り抜けた閃光は、堅牢な岩山へ命中。
巨大な質量が、木っ端微塵に砕かれた。
それに留まらず、一直線に森を裂いて地平線まで突き抜けていく。
「これが真の勇者ねぇ、恐ろしい恐ろしい」
翼を広げ、東風は急加速しながらアーシャへ迫った。
「まぁ僕は所詮繋ぎ役なんでね、怪我しない程度にやり合おうか」
東風は自分のスピードを最大限に活用し、アーシャの攻撃をかわしながら攻撃を放った。
「よっ」
繰り出したのは、念動力による莫大な衝撃波。
彼は、アーシャが力を溜め込んでいる時に攻撃することで、相手の攻撃を中断させて防戦に徹する事にする。
また、東風は彼女の攻撃を一部でも無駄にすることで、体力も消耗させようと目論んでいた。
アーシャの攻撃をかわしながら、自分の攻撃を的確に当てることで、上位存在寸前となった勇者を疲弊させることが目的だった。
「アリサちゃんっ」
狂戦士と化したアーシャと戦いながら、東風は叫ぶ。
「君が本当に彼のことを全部忘れてしまったのなら、力を失うほど弱体化しないんじゃないかな?」
東風は相手の弱点を探りながら、攻撃のタイミングをジックリ見極めた。
的確に反撃するも、ダメージの感触は無い。
しかし、大天使は構わず続けた。
「彼を––––竜王級を、記憶だけじゃなく魂で愛しているからこそ。記憶を失ってなお虚無感があるんだと思うよ!」
「黙れ悪魔!! アリサをたぶらかすな!!」
上空へ跳んだアーシャが、両手に持った光を地面へ打ちつけた。
爆風で、周囲もろともを纏めて吹っ飛ばす。
当然、余波に巻き込まれてアリサも土の上を転がった。
「ゥッ……」
泥だらけの体を起こしながら、アリサは頭を抑えた。
東風の言うことは最もであり、真理と言って良い。
本当に存在そのものを忘れてしまったのなら、悲しむことすらできないのだから。
「誰だ……君は」
今のアリサは、動揺で力の制御がほぼできていない状態。
逆に言えば、動揺する原因をまだどこかで覚えているのだ。
「わたしは、君を……。どんな存在だと認識していたんだ」
おぼろげながら、ゆっくりと影が浮かんだ。
それは水面に映る月のように、周囲の騒がしさが邪魔となってハッキリ見えない。
闇雲に思い出すのでは不足だ、何か……何か彼の証拠を。
彼を特別だと想っていた証拠を––––
「あっ……」
目が丸くなる。
視界に入ったのは、擦り傷の付いた自分の拳。
そうだ、わたしには……追いかけるべき、越えるべき目標がいた。
「スゥッ……」
深く呼吸する。
いつだって、最初に会った時から何も変わらない……。
彼と最初に触れ合ったのは、この“拳”だ。
この手で彼を、愛し過ぎるあの人をぶん殴ることが––––
「わたしの目標……! わたしの願い!」
それが誰かはハッキリしない。
だが自分は……アリサ・イリインスキーという人間は、すぐに忘れてしまう言葉ではなく。
「愛情は……口じゃなく!!」
拳で語る! それこそ––––
「わたしの信じる、あの人との愛だ!!」
アリサの全身から、ありったけの魔力が放出された。
紫色の波がドーム状に広がり、空の彼方へと消えていく。
同時に、東風と交戦するアーシャにも動きがあった。
《アーシャ! もう東風はいい! 早く魔壊竜を連れてそこを離れなさい!!》
大天使ミニットマンの慌ただしい声が、勇者の脳内にやかましく響いた。
東風と距離を取りながら、地面を削ってブレーキを掛けたアーシャは不審がる。
「ミニットマン様! この悪魔は放っておけません、今こそあなたから頂いた力で神命を––––」
《そんなのもういい! 早く魔壊竜を連れ帰りなさい!! 急がないとヤツが来––––》
ミニットマンが言い終わる前に、“彼”はアリサの眼前へ着地していた。
地面が一瞬だけ揺れた後、全員の視線が1人へ向けられた。
それは、想いに応えるべくやって来た竜の王。
「ありがとうなアリサ、必死で俺のこと思い出してくれて……。必死で俺のこと呼んでくれて」
立ち上がった灰髪の青年は、アーシャを一瞥して一言呟いた。
「俺の家族から記憶を奪った代償は重いぜ、勇者さん」
伝説にして最強。
竜王級アルス・イージスフォードから、東風も汗をかくほどの大魔力が放出された。




