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第418話・タチの悪いペテン

 

 アーシャは、地面に倒れ込んでいる自分自身を見つめていた。

 意識を喪失し、おそらく臨死体験じみたことになっているのだろう。


 常人の精神なら迫る死を恐れるところだが、


「なんで、こんなに弱いの……?」


 恐怖など無い。

 あるのは自分がこんなにも弱かったという、広大な虚無感だけだった。


 彼女は自分の力不足にただただ絶望していた。

 アリサには素の力で押され、大天使と自称する男に手も足も出なかった。


「こんな……はずじゃっ」


 勇者となって、妹を魔王たる竜王級から解放できると確信していた。

 神命を受け、幼い頃からの念願であった天の地上代行者となれた。


 なのに––––


「ッ!!」


 幼い記憶が蘇る。

 自分はあの日、アリサを共産党に売って生き延びた。

 幼い故に取るしか無かった、苦渋の選択と言って良い。


 全ては将来……天に認められて、大きくなってから妹を取り戻す計画だった。


「いや……っ」


 なのに、いざ待ち望んだその時が来たら、淡い期待は一瞬で裏切られる。

 アリサはキールの手から知らないうちに解放されており、竜王級と恋仲になっていた。


「嫌だ……ッ!」


 忘れて欲しくない、忘れて欲しくなかった。

 他のヤツを全部忘れたとしても、自分だけは記憶に留めて欲しかった。


 なのに、アリサは自分よりも竜王級を選んだ。

 許されないことだった……。


 だから保険を発動し、竜王級の記憶を封印してやったのに。

 これで自分だけの妹を、戦火から救えると思ったのに。


「私は……! 負けない。負けたくない!!」


 悔しさに歯軋りする。

 これでは、勇者になった意味などない。

 魔王たる竜王級アルス・イージスフォードから、アリサを取り返せないじゃないか!!


 《そうね、今のままじゃきっと無理でしょう》


 そのとき、天から声が舞い降りた。

 光の手が彼女の手を取り、励ましの言葉をかけたのだ。


 《大丈夫よ、アーシャ。弱いっていうのは、その分成長する余地があるってこと。私たちが一緒に頑張れば、必ず強くなれるわよ》


 無い身の毛がよだった。

 この声は、間違いなく大天使ミニットマン様のもの。


「……我が主よ! どうすれば……、どうすれば強くなって、妹を取り返せるでしょうか!?」


 必死に叫ぶアーシャに、ミニットマンは優しく答えを与えた。

 まるで、タチの悪い詐欺師のように。


 《貴女の全てを捧げなさい、愛も……憎しみも全部。“私への信仰”として捧げるのです。さぁ、唱えなさい。天と共に歩む歌を》


 もしアルスが聞けば、極悪かつ悪辣なペテンと言うだろう。

 それでもアーシャは疑わない、両手を合わせ––––天に祈った。


「主よ……、遠き道の果て。安寧の地で我らは見つけたらん」


 魂に火の粉が走った。


 アーシャは天使に信仰を捧げ、全てを投げ出す決心をした。

 ミニットマンから聞いたアドバイスに従い、愛も憎しみも全部捨て……ただ神に従うことだけを決意する。


「祭祀は謡い、夜は踊る。その光は野獣を遠ざけん」


 今まで抱いていた価値観や考え方を一変させ、彼女は妹を取り戻すため、どんな手段を使ってでも戦ってきた自分を信じ、天の教えに従って妹と再び愛し合えるよう祈った。


 恋仲などというふざけた関係を築いた男を殺し、愛する妹を自分だけの物にして見せる。ただその一心で!


「千の道の先、主は示される」


 アーシャの魂の周りへ強い光が差し込み、ゆっくり浮かび上がった。

 それは、彼女がなんらかの力を得た証であり、自分が持つ力を最大限引き出せるようになったことの証左。


 己が持つ力に気づいた彼女は、妹を取り戻すために……再び立ち上がることを決めた。


「火を燃やそう、薪を焚べよう、身を捧げよう––––我らはただ主のためだけに」


 彼女は目を閉じ、深呼吸をした。

 そして––––ゆっくりと起き上がった。

 身体に力を込め、自分自身を奮い立たせるように呟く。


「最果てへと––––導かれん」


 裁可は下った。


 ––––ガァンッ––––!!!


 爆光が轟く。

 起き上がったアーシャを中心に、光の柱が雲を貫きそびえ立ったのだ。

 神力の大爆発が、東風たちを飲み込もうとして––––


「うわっ……、マジ?」


 彼が手を振ると、非常に頑丈な障壁が展開された。

 目を潰さんばかりの光と爆風から、東風は後ろで膝をついたアリサを守る。


 まだ余裕を残してはいるが、彼の中で安全マージンが一気に押し潰された。


「しくじったな……、ただの傀儡じゃなかったか。ここに来てラインメタルと同じステージの勇者になるとは……」


 光が弾ける。

 現れたのは、より一層強く瞳を金色に輝かせた真の勇者––––


「妹は誰にも渡さない、アリサを好きにして良いのは」


 魔を殺す真の存在となったアーシャは、眼前の東風へ貫通しそうな程の眼光を向けた。


「世界で……、ただ私だけなのよ」


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