第414話・歪んだ愛情
アーシャの目的は明確だった。
母親から受け継いだ記憶操作能力に加え、より実践的な魔壊の力の奪取。
これら目標を達成し、目指す先は––––
「私ねアリサ、あなたが他の誰かに傷つけられる姿が見たくないの。決して……これ以上なく、表現しようのないくらいにね」
「じゃあ尚更、わたしから力を奪うなんておかしいんじゃない?」
首を横に振るアーシャ。
「違うのよアリサ、魔壊の力がある限り……あなたは竜王級と共にこれからも戦い続けるでしょう? わたしはそれが果てしなく許せないの」
鼻を鳴らしたアリサが、油断なく構える。
どこからどう来ても、反撃できる体勢だ。
「過干渉キモい、わたしの人生を勝手に決めるな」
「フフッ、その生意気な口調も可愛いんだけど––––もっと可愛い姿があるの、知ってる?」
勇者としての力を引き上げたアーシャが、吊り上がった笑みを雨中に浮かべた。
攻撃が来ると悟ったアリサは、すぐさま滅軍戦技を放とうとするが、
「えっ……?」
見下ろした先には、アーシャの腕が見えた。
先端の拳が自身の腹部へ食い込んでいるのに、しばらく気づかないほどの速度。
左手が背中に添えられており、逃げられなかった衝撃が身体中を掻き回す。
遅れてやってきた鈍痛が、アリサに猛烈な吐き気をもたらした。
「ガハッ、アッ……!?」
吐き出した粘度の高い唾液が、アーシャの腕へ染み込む。
「あなたの1番可愛い顔はね、私にこうして殴られてる瞬間の表情よ♪」
「クフッ、だあぁッ!!」
すかさずアーシャの服を両手で掴む。
逃げられない内にカウンターで頭突きをお見舞いするも、痛みで仰け反ったのはアリサの方だった。
「グゥッ……!」
まるで、戦車に頭をぶつけたような感覚だった。
眩暈が視界を狂わし、思わずよろつく。
「そう、その顔よ……お姉ちゃんに逆らおうとして、頑張るあなたの顔が好き」
今度は逆にアリサの両肩を掴み返し、さっきパンチを打ち込んだ場所と全く同じ部分へ、膝蹴りを繰り出した。
「ゲホッ!?」
勇者の強烈な一撃は、アリサの内臓に深刻なダメージを与えた。
口の中に血の味が広がる。
「可愛い、可愛いわアリサ! その顔を私だけにもっと見せて! もっと!!」
「んぐぁ!」
大木にアリサの背を押し付け、アーシャは拳を振りかぶる。
鉄球よりも重い打撃が、間断なくアリサを襲った。
「もっと!! もっと!!」
顔を赤面させながら、何度も何度も妹を殴打した。
異常とも言える言動と攻撃が放たれるたび、巨大な木が大きく揺れる。
数十発目の拳が胸から引き抜かれると、脱力して倒れかけたアリサの首を掴む。
「他のヤツにアリサは殴らせないわ……、だってあなたはこの世で私にだけ殴られるべきだもの。この愛おしい顔は世界でわたしだけの物」
神力を大量に纏った右手が、半開きのアリサの瞳に映った。
「だから、もっと可愛い姿を見せて」
狂気を絡み付かせた拳が、大木をへし折ってアリサを吹っ飛ばした。
木々を薙ぎ倒し、たっぷり100メートルは転がった彼女が泥に横たわる。
純白のセーターは土色でくすみ、細い足を覆うタイツは所々が破れる。
ケアされた長い髪は、既に雨でグシャグシャだった。
「美しい……、ねぇアリサわかる? 今あなた最高に可愛い格好してるわよ? もう写真撮っちゃいたいくらい」
意味のわからない姉の言葉を、アリサは口内の血と共に吐き捨てる。
ゆっくりと起き上がり、汚れた口元を拭った。
「呆れた……、こんな泥だらけの格好写真に撮らせる訳無いじゃん」
予想通り、勇者となったアーシャに今までの力では全く歯が立たない。
いつもなら、ここでアルスに助けを求める場面だが––––
「あいにく、ウチのメイド喫茶は無許可での店員撮影がNGになったんだ」
その必要はない。
ニッと笑ったアリサから、ただならぬ覇気が漏れ出す。
周囲から鳥や小動物の気配が消えると同時、それは起こった。
––––キィンッ––––!!!
真っ黒な雲を貫いて、紫色の雷がアリサを直撃したのだ。
衝撃波が周囲のあらゆる物を薙ぎ、激しい暴風が吹き荒れる。
ただの落雷ではない、これは––––
「散々殴ってくれたからね、その歪んだ愛は伝わった。だからわたしも拳で語り返すよ……お姉ちゃん」
雷光を裂いて現れたのは、さっきより一段と濃い……アメジストを思わせる色合いをした、葡萄色の髪と瞳を輝かせる少女。
否、––––“ドラゴン”だった。
「行くよ勇者、とっておきの力でもっておしまいにしてやる」
血界魔装、『魔壊竜の鎧』に変身したアリサが、竜と同じ鋭さの眼光を向けた。




