第413話・アリサVSアーシャ
狂気じみた言葉を口にするアーシャへ、まずアリサから攻撃を仕掛ける。
足元の地面を踏み砕き、宙に浮いた瓦礫を顔近くまで上げた。
「この力は死んだお父さんの形見だ!! いくらお姉ちゃんでも、天使のためになんか使わせないッ!!」
自分の体ほどある岩の塊を、全力で蹴り付ける。
弾丸のごとく射出された岩塊群は、さながらショットガンを彷彿とさせる勢いでアーシャへ向かった。
「なっ!?」
防御魔法を展開するも、岩が触れた途端障壁はアッサリ貫かれた。
すかさず身を翻し、最小の被弾で回避する。
シスター服が一部切り裂かれた。
「魔壊の力を付与したのね、忌々しい……こんな野蛮な芸当っ。あなたのような子が使って良い技じゃないわ」
「文句言う暇があるなら––––」
濡れた大地を蹴ったアリサが、肉薄しながら回転。
ギロチンよりも威力のある踵落としを、アーシャ目掛けて叩き落とした。
「拳で抗議してみろッ!!」
両腕でガードするも、威力を殺し切れるわけもなし。
体勢が崩れた瞬間を狙い澄まして、アリサは着地。
更にふところ深くへ潜った。
「滅軍戦技––––「追放の拳』ッ!!」
一切の躊躇なく、全力の技を放つ。
しかし、直前に真後ろへ跳んだアーシャは拳の威力を軽減。
最小のダメージで滅軍戦技を受け流した。
これが通常の魔導士なら、再び距離を空けての仕切り直しだろうが––––
「滅軍戦技!!!」
「ッ!?」
相手はアルス率いる生徒会が誇る最強格の魔導士。
魔力を解放したアリサは、降り注ぐ雨粒を切ってさらに接近。
目を丸くするアーシャへ、間髪入れずに拳を打ち込んだ。
「『追放の拳』!!!」
防御魔法など微塵も効かない奥義が炸裂。
今度の攻撃は完璧に決まった。
食いしばった歯から血を漏らしたアーシャは、木々を薙ぎ倒しながら岩山へ突っ込んだ。
鳥が驚き、曇天へ飛び立っていく。
握った右手を顔の前に置きながら、崩れた岩へ目を据える。
「わたしはお姉ちゃんを選ばない、人間であることを捨てた弱虫に……能力も彼氏も渡すつもりは一切無いよッ」
それは反抗の決意。
たとえ実の姉であろうと、もはや害しか及ぼさないと判断した彼女は躊躇などしない。
ただ真っ直ぐ、“敵”として紫色の瞳を向ける。
「あぁ……可哀想に、いつの間にかそんな目をするようになったのね。本当に共産党と竜王級はロクでもない存在だわ」
悠然と歩いて来たのは、服だけが荒んだアーシャ。
あまりにも自然な振る舞いに、疑問は確信へと変わる。
「痛み……消したんだね」
「えぇ。まぁ天に支える上で必要だったまでよ、痛覚なんてあるだけ無駄じゃない?」
その言葉を聞いて、アリサの心はさらに激情で埋もれた。
小さく呟く。
「しッ……」
「ん?」
ワザとらしく耳に手を当てるアーシャへ、今度は張り裂けんばかりに叫ぶ。
「お姉ちゃんの––––弱虫ッ!!! 痛みが必要ない? 苦しみから怖がって逃げてるだけのヤツが、わたしに勝てると思うなッ!!」
アリサはこの半年で、見違えるくらいに成長した。
それはアルスという絶対の存在と同時に、気が遠くなるほど痛みというものを経験したからだ。
人を殴った拳は当然痛い、殴られてもそれは然り。
アリサからすれば、人を殴っても自分へ痛みがないなど言語道断。
相手へ攻撃するという行為は、自分が攻撃される可能性も受け入れるという事。
自分だけ一方的に殴る存在が、他人の痛みを知るなど断じてできない。
こいつは、眼前の姉は––––
「拳で語る勇気もないヤツなんて……わたしは全く興味無い、そんな中途半端なチキンが、わたしのアルスくんと対等の天秤に乗れると思うな!」
溢れる怒気が、魔力となって燃え上がる。
眼前の勇者は……、アリサという人間がこの世で最も嫌う人種だった。
完全な決別を感じ取ったアーシャは、ゆっくりとため息をつく。
「そこまで言われると傷つくわね、姉の慈悲で楽に終わらしてあげようと思ったけど……」
ここに来て、初めてアーシャの瞳が金色に染まる。
「方針撤回、痛みが必要というのなら……たくさん。たくさん与えてあげるわ。私の愛しいアリサ」
あくまで狂気だけを向け続けた。




