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第409話・嫌だ……。信じたくないっ

 

 アルスが魔法結界を張り、勇者アベルトと交戦を開始したのと同時刻。

 喫茶店で席を立ったアリサは、思わず空を見上げる。


「アルスくんの結界だ……、それもこの規模。きっと勇者が現れたんだ」


 竜王級が手加減していないということは、相応の相手が襲撃してきたことを示す。

 加勢しようと思った矢先……。


「えっ?」


 見つめ直した先にいたのは、ようやく再開した実の姉。

 名をアーシャ・イリインスキー。

 彼女は、どこかとても……落胆したような顔をしていた。


「アベルトったら……、急いてミスをしなければ良いんだけど。スイスラストの騎士は短期でダメね」


 同じく席を立ったアーシャは、静止した世界で問題なく動いていた。

 それはつまり、“エルフ王級”の魔導士を超える実力を持っていることを意味する。


「お姉ちゃん……? アルスくんの結界の中で、動けるの?」


「フフッ、おかしなことを言うわねアリサ。あなたが静止していないのに……私が動けなくなる道理なんてないわよ」


 一瞬だった。

 ノーマル状態のアリサでは捉えられない速度で、アーシャは接近。

 グッと手を握っていた。


「場所を変えましょう」


 視界が数瞬ブラックアウトする。


 気が付けば、周りを建物ではなく大量の樹木が生い茂っていた。

 空は真っ黒で、非常に激しい雨が叩きつけている。


 冬の冷たさも相まって、濡れた衣服が急速に体温を奪った。


「転移魔法……、これどういうこと? なんでお姉ちゃんが……」


「安心して、王都からはあまり離れてない。でもこの天候はちょっと予想外ね……落ち着いて話もできないじゃない」


 アリサは状況が全く受け入れられなかった。

 瞬時に肉薄され、魔壊の能力を使う暇もなく強制転移させられたのだ。


 幾多の戦闘を経て、十分強くなっているのにも関わらず……まるで関係ないように。

 銀髪を濡らしながら、アリサは濡れたセーターの裾を掴んだ。


 まさか……。


「お姉ちゃん……、スイスラストでたくさん修行したんだね。き、気づく暇も無かった。凄腕の魔導士だ」


 ぎこちない笑顔に、アーシャは無表情で答えた。


「修行というかお祈りね、毎日原罪を懺悔し……天に全てを捧げた。これはその時に頂いた恩寵のほんの一部」


 寒気が走る。


 嫌だ……、嫌だ。

 絶対信じたくない。

 最もあり得る可能性、それを否定したい気持ちがアリサを一気に飲み込んでいった。


 それを見透かしたのか、アーシャはゆっくり見下ろす。


「可愛いアリサ、あなたならもう気づいているでしょう?」


 聞きたくない、そんな妹の思いを踏み潰すように––––アーシャはすんなり答えた。

 残酷に、これ以上ないくらい無感情で。


「わたしがもう、“人間じゃない”って」


「ッ!!!」


 拒絶反応が心臓の鼓動を狂わせる。

 運命は、天使はなぜここまで残酷で、これ以上なく卑劣なことをしてくるんだ。


 グチャグチャになった心が、アリサの顔をガラスのように砕く。


「ちょっとくらいおかしく思わなかった? 生き別れた姉が突然バイト先に現れて……いきなりのカミングアウト。小説だったらご都合主義も良いところだけど」


 あの日、アーシャは真っ直ぐにアリサ目掛けて歩を進めて来た。

 つまり、最初から顔も職場も全部調べ上げられていたのだ。


「まぁあの変な雰囲気の店長? があからさまに良い顔してなかったからその日は引き上げたけど、考えてみれば当然ね。大事な店員に害を与えかねない客が来たもの……察しが良いヤツだわ」


「ッ!」


 嘲笑するアーシャの胸ぐらを、アリサは引っ掴んだ。

 まだ、まだ取り返しがつくかもしれないと信じて。


「お姉ちゃん……! 今ならまだ間に合うよ、わたしの魔壊の力で呪いでも何でも引き剥がすからっ」


「呪い? クスッ……本当に発想が可愛いわね。あなたじゃ無理よ、だってわたしは––––」


 希望を捨てられないアリサへ、言い聞かせるように言葉が放たれた。


「“勇者”なんだもの」


 アリサの手を掴んだアーシャは、彼女を強引に引き寄せた。


「さぁ選択の時よアリサ、わたしか竜王級––––どっちを選ぶ?」


 互いのおでこが触れ合った途端、アリサを激しい眩暈が襲った。

 天地がひっくり返ったと錯覚しそうな、吐き気すら覚える不快感。


 次いで彼女は––––


「これ…………」


 忌むべき母国、キール社会主義共和国の首都にある大通りを見ていた。

 建物に貼ってあるポスターの暦は、およそ“12年前”だった。


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