第405話・勇者アベルト
「アーシャさんだけじゃなく、お前まで勇者になったのか……! アベルト」
瞳を金色に光らせた騎士––––いや、勇者はニタリと笑う。
「えぇ、悪辣なる魔王……竜王級という悪の権化を倒すため、大天使ミニットマン様は僕にも恩寵を授けたのです。神に逆らう愚かな存在を倒すためにね!!」
全身に神力を纏ったアベルトが、膝をついていたミライを横合いから蹴り飛ばした。
ガードしたにも関わらず、吹っ飛ばされた彼女は何軒もの家屋を貫いた先でギルドに激突。
大量の瓦礫に埋まった。
愛しい彼女が刺された挙句、無惨にやられる姿を見て何も感じないほど俺は無情じゃない。
眼前のイカれた信仰主義者へ、ナイフより鋭い殺意を向けた。
格闘戦の構えを取った俺を見て、アベルトは余裕の笑みを浮かべる。
「知っていますよ、その紅いオーラを纏っている時は魔法特化型。つまり他の能力はそのままというわけだ」
「あぁ、その通りだ」
「見え透いた行動ですね……結界を管理している以上、身体能力強化の変身はできない。ましてやアーシャ様と戦う余力を残さねばならない君は、噂のブルーにもなれない。明らかに詰みだよ」
「おっしゃる通り、随分論理的な考えだが––––」
次の瞬間、俺はアベルトの背後へ回り込んでいた。
無防備な背中へ、強烈な肘打ちをお見舞いしてやる。
「ガッ!?」
剣を突き刺してブレーキを掛けたアベルトへ、すぐさま肉薄。
骨を砕く勢いで、矢継ぎ早に拳のラッシュを叩き込んだ。
「ぐっ……! 舐めるな!!」
勇者となったアベルトの剣は速く、俺の反射神経でも捉えるのは高難度だ。
しかし全神経を集中させられる1対1の状況下で、無様に当たる道理もない。
横一閃の斬撃を潜り抜ける形でかわした俺は、真下から突き上げるようにアッパーをヤツの顎へ打ち込んだ。
「ゴフッ……!! ぬああぁ!!」
衝撃波を伴う剣撃が、俺の髪を掠める。
さらに接近し、何発も打撃をアベルトの顔面へ浴びせた。
予測と反する事態に困惑したのか、勇者は大きく後ろへ飛び退いて距離を取った。
「……どういうことだ、貴様のオーラは紅いままなのに。なぜここまで近接戦で押される!」
「さぁな、論理や数字じゃわからないこともあるんだぜ。今みたいになっ」
「ッ!?」
勢いをつけた回し蹴りが、アベルトを襲った。
今度はヤツもしっかり剣でガードしたが、それでも威力は殺せず体勢が崩れる。
「楽しいよなぁ、神だの天使だのに選ばれて。他を見下し優越感に浸るってのは」
無防備なみぞおちへ、渾身の右ストレートを打ち込んだ。
「グゥッ……!!」
「自分を潔癖で他とは違うと思い込み、平気で他人を貶める。それこそ紛れもない人間の持つ傲慢さだ。テメェも––––」
頭突きをお見舞いし、のけぞった勇者へ向かって膨大な魔力を向ける。
「俺たちと一切変わらない、人間なんだよ!」
先ほどとは威力が桁違いに上がった爆裂魔法が、アベルトを空中に舞い上がらせた。
マトモに着地することもできず、頭から石畳へ落ちる。
俺は横を向いた。
「おいミライ、いつまでそこで休んでるつもりだ。せっかく来たなら最後まで手伝え」
彼女にのしかかっていたギルドの残骸が、莫大なスパークと共に弾け飛んだ。
空中に上がった瓦礫が降りしきる中を、最初の数倍はあろう魔力を持ったミライが歩いてくる。
「わかってないわね〜アルスは、動きを観察してたのよ。わたし––––勇者とかいうお伽話上の存在と戦うの初めてだし」
案の定、刺された脇腹からはミライの血がドクドクと出ている。
しかし、制服に染み込み溢れた分が、浮き出た紋様に吸収されていた。
真なる血界魔装の特徴、出血しただけ強くなるという諸刃の剣的な特性だ。
「アイツに聞こえないように言うけどさ、随分と器用な戦い方してるじゃん」
「なんのことかな?」
「アンタ、さっきから『魔法能力強化』の状態で突っ込んで、攻撃や移動の僅かな瞬間だけ『身体能力強化』発動して“ブルー”に変身してるでしょ」
バレてたか、できれば秘密にしたかったんだが。
さすがにミライの目は誤魔化せないらしい。
「よくわかったな、変身時間は瞬きするより短いのに」
「今わたしは雷轟竜、いわば雷を体現した人間よ? 動体視力も通常時の比じゃないの」
「なるほど。でも期待するな……魔力消費はエコな代わりに全力のブルーには遠く及ばないからさ」
「ほーい」
そうこう話していると、ようやくアベルトが起き上がった。
痛覚が無い以上ダメージを与えられたかは知らんが、骨の数本は折ったはずだ。
「妙な技を使う……! 神を冒涜せし魔王の分際でッ」
「神、神って……神が貧困や戦争を防いでくれるのか? もし人間を産んだのが神なら、随分とセンスが無かったと見える」
「黙れ!! 貴様のような失敗作が存在するから神はお困りなのだ!! 理を破壊する魔王め……!」
いくらヤツが勇者という超常的存在でも、今の俺とミライならもうすぐ倒せるだろう。
サッサとぶちのめして、アリサと合流しなければ。
「フンッ……」
ふと、アベルトが不気味な笑みを見せた。
諦めとは違う、もっと異質な––––
「バカな冒涜者にはもったいないが、良いでしょう……見せてあげます」
そう言って、ヤツが胸から取り出したのは。
「天使より授かった……もう1つの恩寵を!」
石ころのような見た目の––––人工宝具、名を『フェイカー』。
「はあぁッ!!」
直後にアベルトが顕現させたものは、俺たちの目を丸くさせるのに十分だった。




