第401話・アルスの予感
尾行を開始して1時間程だろうか。
未だ「魔法能力強化』に変身したままの俺は、手頃な屋根上から2人の姉妹を追っていた。
カフェに入り、外のテラス席で話す彼女らを見て––––
「クソッ……なんつー強度の防諜魔法だ、キールの政治将校とは比べ物にならんレベルだぞ」
俺は久しぶりに苦戦していた。
こっちは竜王級の出力に物を言わせて、無理矢理盗聴魔法を貫通させているが、アーシャさんの纏う防御はあまりに分厚い。
キールの時とは違い、俺でもってギリギリ会話を聞き取れるもの。
つまり、通常の魔導士では彼女に諜報の類いは一切できない。
「これ以上踏み込んだら、こっちが逆探知されかねんな……少々聞こえづらいがここまでにしておこう」
俺は身を隠し、会話へ聞き耳を立てる。
「っていう感じなのよ、ところで彼氏さんとはどこまで進んだの?」
「一応告白するまでは行った……、でもそこからはまだ進展が無いかなぁ」
どうやら恋バナをしているらしい。
一見何気ない会話だが、俺は引き続き盗聴させてもらう。
「わたし……アルス君に1発痛いの入れるまでは、先のステップに進まないって決めてるんだ。いつか必ずぶっ倒すのが今の目標なの」
「だいぶん変わった恋愛観ね、でも同意できるかもしれない。私だって愛情という深い気持ちは口だけじゃ語り尽くせないもの」
少し緊張がほぐれたのか、アリサはいつもの口調へ戻りかけていた。
まぁそれにしたって、相変わらずブレないヤツだ……。
初めて会った時から何も変わらない。
俺に一途で、貪欲に勝利を求める姿勢。
愛情は拳で語るか……、だから俺もアリサを好きになったんだろうな。
「そんなわけで、わたしは今アルス君以外に興味というか……関心そのものが無い。だからお姉ちゃんの提案は受け取れない」
提案? なんのことだ。
防諜魔法に阻まれて聞き取れなかった部分か?
「……そう、残念だわ。アリサならきっと受け入れてくれると思ったのに」
急にムードが暗くなる。
さらに悪いことに、アーシャさんの防諜魔法がさらに出力を上げた。
負けじとこちらも、魔法出力を高める。
「––––ザザッ、なら……リサ、せめてお姉ちゃんのお願いを聞いてくれない?」
「お願い?」
「えぇ、あなたに家族は……“1つ”で良いと思うの。よく言うじゃない? 彼氏を作った女にとって元の家族は他人同然って」
「そ、そんなことないよ……! お姉ちゃんだって大事な家族だもん。アルス君とはまた別の大切な関係だって」
「私ね、スイスラスト共和国で学んだことがあるの。愛情や羞恥というのは……神様が人間に与えた罰。だからそれらを通過点とする“恋愛”は、神の本意と反するのよ」
「神の本意……? そんなの関係ないよ、親愛も恋愛も人間が持つべきパーツの1つであり一体のもの。罰なんかじゃない」
「……私たちはいずれ、楽園に還らなければならない。だからアリサ––––お願いするわ」
コップを置く音が響いた。
「竜王級とは縁を切りなさい、あなたの家族は……世界で私1人だけなんだから」
「ッ!!!」
言い終わると同時、アーシャさんから逆探知魔法が発射された。
ヤバいと悟った俺は、咄嗟に“ブルー”へ変身して超々高出力の防諜魔法を起動。
逆探知魔法の指向性を、無理矢理逸らした。
危機は回避される。
すぐさま『魔法能力強化』へ戻り、一旦盗聴を中止した。
そして、屋根上で拳を握り締める。
「やっぱ本性出しやがったな……」
俺には聞き取れなかった謎の提案、エデンに帰るという意味不明な言葉。
そして––––俺との縁を切れと迫った事実。
「天使共め……ッ、とことんまで外道な奴らだ」
すかさずミニタブをつける。
押した連絡先には、アイリ・エンデュア・ミリシアと書かれていた。




