第398話・12月31日
アリサに実の姉がいた。
昨日、この事実に俺たちはとてつもない衝撃を受けた。
なにしろオンライン会議で突然暴露され、しばらくはそっちで話題が持ちきりになったほどだ。
それもそうだろう、アリサの家族はもう全員この世にいないと聞いていたのだから。
しかも年末最後の日に、改めて話をすることになったという。
アリサのお姉さん……、一体どんな人なんだ。
とても気になるが––––
「ところで、なぜその話し合いに俺が同行することになったんだ?」
噴水広場の前で、制服姿の俺と私服のアリサが立っていた。
今日の彼女のコーディネートは、赤色のマフラーを基調として白銀の分厚いセーターとショートパンツ。そしてタイツを組み合わせたもの。
いやはや、相変わらずとても可愛い。
「昨日言ったじゃん、アルスくんはわたしの恋人だよ? 家族に紹介するのは当然でしょ」
「まぁそうだが……、そもそも本当に姉の確証があるんだよな? これでもし赤の他人だったら悲惨だぞ」
「ナイナイ、だって“匂い”ですぐわかったし。この人がわたしのお姉ちゃんなんだなーって」
「お前の嗅覚は犬か何かか?」
一瞬呆れてしまったが、直後に風で流れたアリサの匂いが鼻を触った。
花のような甘い……、優しい香りだった。
最近は俺が見張っているから他の生徒は控え出したが、以前までアリサの匂い目当てで付き纏うヤツすらいたほどだ。
もし目を瞑っても、愛しい人間の匂いなら俺でもわかる。
そう勝手に納得して、とりあえず話を進めた。
「9時にここで待ち合わせだよな? 今さらだが、バイトのシフトは大丈夫なのか?」
「東風店長が融通してくれた、家族に会いたいって言ったら仕事休みにしてもらえてさ。今度埋め合わせしないとね」
東風……、あのよくわからない大天使か。
アイツは俺たちに敵意を向けるわけでもなく、他の天使に協力する素ぶりすらない。
実力は多分だが、スカッド以上––––雰囲気からして尋常じゃない強さだろう。
俺の中で決めた要警戒リストのトップだが、今のところアリサが世話になっていること以外何もしていない。
まぁ、もしなにかしだしたらブッ飛ばすし良いか。
「ねぇ、アルスくんは勇者ってどんなヤツだと思う?」
「アイリが言ってた次にくる敵か? さぁなぁ……実例をラインメタル大佐しか知らんからどうにも言えないな」
「王都を殲滅するって言ってたけど……、もし戦うことになったらわたしに任せてよ」
「お前に?」
「うん、もう足手纏いになんか絶対ならないからさ」
アリサの青目は自信に満ちており、先日までのどこか思い悩んだ様子が消えている。
俺の知らないところで、きっと何かがあったのだろう。
「じゃあ俺からも一言、お前の強さはよく知っているが……ホントにヤバくなったら魔力を一気に放出しろ。どこにいたって駆けつける」
「さすが彼氏、ひょっとして心配してくれた?」
「自信満々な時ほど、予想外のピンチに襲われる。いざって時はためらうなよ」
「ご忠告、キッチリ受け取ったよ」
ニヒっとはにかんだアリサが、俺の腕を抱き込んでくる。
「なんだよ」
「ねぇ、今さらなんだけどさ……」
「あぁ」
見れば、アリサの顔が瞳と同じくらい青くなっていた。
「緊張で吐きそう……」
「ッ!!」
口を手で押さえたアリサを、俺は担ぎ上げながら猛スピードで路地裏へ持って行った。
可憐な少女がキラキラを出し終わるのを待って、背中をさする。
「大丈夫かよ……」
「ェウ……ッ、もう大丈夫。ありがとう……スッキリした」
既にグロッキーなアリサへ水筒を渡し、汚れた口を綺麗にゆすがせる。
こいつがここまで緊張するなんてよっぽどだな、これは日を改めた方が良いか?
肩を貸しながら路地を出ると、さっきまで俺たちが立っていた場所に1人の女性が立っていた。
雪のような銀髪に、アリサと同じブルーの瞳。
身長は俺に近く、教会のシスターが着るような制服を着た人。
見紛うはずもない、彼女こそ––––アリサのお姉さんだった。




