第397話・状況雑談
––––喫茶店ナイトテーブル 地下射撃場。
かつてアルスとユリアが試験を行ったこの場所は、魔法により拡張された森を模す空間。
以前は均一に並べられたゴブリンの的が、今は翼の生えた人間へ変わっている。
何を模しているかは、一目瞭然だった。
そんな的の翼部分が、飛翔してきたライフル弾によって弾き飛ばされる。
地面に翼が落ちると同時、射手の男はコッキングで排莢した。
「いやはや、実に良い感じの的じゃないか。手作りかいグランくん?」
Kar98kライフルを持った軍人、ジーク・ラインメタル大佐が次弾を叩き込みながら呟く。
「裏で出世を目当てに献金して来た近衛兵士がいたので、そいつらに休日返上で作らせただけですよ」
後ろで眺めていたのは、喫茶店ナイトテーブルの店長にして大英雄。
近衛連隊長グラン・ポーツマスだった。
「近衛か……汚職も酷かったんだろう? ベリナ、カルミナとかいう大隊長たちは無能揃いと聞いたが」
「お恥ずかしながら事実です、今は自分が直接介入して、適切な人事と会計を行っています」
「君の苦労が垣間見えるね、まぁ官公庁の汚職なんざ世界中どこにでもある。あまり気負わないことだな」
弾丸が発射され、もう片方の翼が剥ぎ取られる。
「それより良いのですか? こんなところで油を売っていて。大佐の国の首都にも例の巨大円盤が降りて来たのでしょう?」
「あぁ、それなら心配ないよ」
再び排莢。
次弾装填し、ライフルスコープを覗き込んだ。
「首都教導団にはかつて私の部下だった人間で、一番強かった自称外れスキルの魔導士がいる。フォルティシアくんの片割れ……と言えば良いかな? 彼に任せたよ」
「ルナの片割れ……“無限の魔導士”ですか、噂には聞きますがそんなに強いので?」
「アルスくんがファンタジアで円盤機動部隊を殲滅したのと、ほぼ同時刻にこちらの首都でも天界軍は撃滅したよ。残っているのはヴィルヘルム帝国に行った円盤だけだ」
発砲。
右腕部分に命中し、肘から先が砕け散る。
「ではヴィルヘルム帝国の動向が読めませんね、彼らに天界機動部隊を攻撃できるだけの武力は無かったはずです」
「我が軍の偵察衛星によると、巨大母船は未だ帝都上空に留まったままだ。多分だが……あまり良くない方向に向かっていると見える」
「天界に宣戦布告したのは、我々『連合王国同盟』だけですからね。ヴィルヘルムやキール、『ルーシー条約機構』は依然として黙り込んでいます」
「全人類が協調するなど、最初から期待していないさ。我々は我々でやることをやるだけだ」
撃鉄が咆哮を上げる。
最後は天使の首上が吹っ飛ばされ、地面に落ちた。
銃を担いだ大佐が、グランへ振り向く。
「年明けに行われる大規模攻勢作戦、通称“H7作戦”については聞いているかい?」
「H7作戦……、『フェイカー工場』を始めとする全世界同時攻撃ですか」
「その通りだ、本命はフェイカー工場だが……まず陽動として世界2大陸で天使共を祀った遺跡を占領、木っ端微塵に粉砕するという実にシンプルなプランだ」
大佐いわく、この作戦に投入される戦力は過去最大。
陸軍350個師団を中核とした遺跡攻略部隊が、文字通り全世界に散らばる遺跡を破壊する。
そうなれば、天界は限られた戦力を世界中へ分散展開せざるを得ない。
フェイカー工場は必然的に手薄となる。
「天使共が焦ってくれたのは僥倖だった、連中の航宙母艦を2隻も撃沈できたのは非常に大きい。参謀本部は祝賀ムードだろうね」
「なるほど、ちなみにH7作戦という名前は何を意味しているのですか?」
「Hは天国と地獄を適当に掛けたのだろう、7は……神書においてラッキーな数字とされているから、願掛けの意味でもあるんじゃないかな?」
「言うならば天国と地獄作戦ですか……、我々の宗教的概念が一から見直されますね」
ため息をついたグランは、大佐から受け取ったライフルをロッカーへしまった。
手ぶらになったラインメタル大佐が、「あぁそうだ」と呟く。
「イージスフォードくんたちにも、ぜひ参加してもらわないとな」




