第392話・竜王の焔
昨日で連載2周年のようです、ここまで長く書き続けられた自分にまず驚きですが、何より今日まで読んでくださっている方々には改めて感謝を。
火の手の上がるファンタジアから、30キロ離れた山の頂上。
1人の青年が遠くに映る赤い街を見つめていた。
足元の無線機から、軍人の声が響く。
『––––私は君の意思を尊重しよう、止めもしなければ警告もしない。どのみち今軍は動けないだろうからね』
「アルナ教戦闘員だけだったら、正直ユリアだけで十分でしたよ。でもこれはさすがに。アイツ……技の威力はあるけどまだ魔力量が追いついてないんで、長期戦はキツイかと」
『助けるのも道理というわけか、ならどうして直接姿を見せに行かないんだい? その方が彼女たちの指揮も上がって良いと思うんだが?』
「この技はまだ大佐以外に知られたくありません、天使共がどこから情報を得ているかわかりませんしね」
『なるほど、敵を欺くならまず味方から……昔仕事で付き合った日本人から聞いた言葉通りだ。やはり君は侮れないな』
青年はゆっくりと、両手をファンタジアの方へ向けた。
「えぇ、この技は––––全てを滅してしまう。まさに“禁断の火”ですから」
青年の瞳が、金色に輝いた。
◆
「ゼェッ……、ぐっ、ゥ……」
周囲を瓦礫と火災に囲まれた中心で、ユリアは膝をついていた。
頭からは鮮血を流し、着ていた上着やニーハイソックスは所々が燃え落ち、ボロボロの肌が露出してしまっている。
傷だらけの体に鞭打ち、宝具を杖として立ち上がるが……もはや魔力は殆ど残っていない。
対して––––
「覚悟を……決める時が来たようですね」
満身創痍のユリアの上空には、巨大母船を含む天界の円盤機動部隊およそ300隻が浮遊していた。
横を見れば、同じく力を使い果たしたフォルティシアが空を見上げる。
2人は民間人を守るべく、必死に自らを盾として戦い続けた。
ついさっき、ようやく最後列の住民を逃したばかり。
だが苛烈な空爆を前に、ダメージは限界に達していた。
陽電子ビーム砲という、戦車ですら融解するような攻撃を生身で受け続けたのだ。
血を拭う気力も、露出した肌を気にする余裕も既にない。
残った手段は、生命力を魔力に変換して突撃することくらいだ。
それでも勝てるかは不明、ユリアは“最期の勝利”を掴むべく。
残った命を燃やした。
「師匠!!」
尋常では無い気迫に、ビクリと振り向くフォルティシア。
「わたしは竜王級アルス・イージスフォード以外に、戦いで負けるつもりは一切ありません!! 失望されることも、絶対にしません!!」
「ユリア……」
「だから、見ていてください! 生き残ってください! わたしは竜王級の彼女として、相応しい行動を––––最期までしっかり取ったと!!」
後方の民間人は絶対に殺させない。
国際法も無視の蛮行を許せば、アルスが……わたしの彼氏が絶対に傷つく。
そんな彼は見たくない、そんな思いはさせたくない!
竜王級の彼女として、奴らはここで止めて見せる。
例え––––
「今この場で、わたしの寿命の9割を使ったとしても!!」
生命力を魔力に変換する行為は、本来許されない禁じ手。
以前アルスがグリード戦で行えたのは、竜王級という特殊体質あってこそ。
この代償こそ、本来払うべきコストなのだ!
「待て!! ユリア!!!」
いくつもの事が同時に起こった。
弟子が命を焼くことを悟ったフォルティシアは、静止しようと全力で駆け出す。
地上の2人へトドメを刺すべく、機動部隊が夜空に陽電子砲の赤い光を煌めかせたこと。
ユリアが寿命を犠牲に、最期の魔法を放とうとした瞬間。
––––バリィッッ––––!!!!!
空間が破れた。
そうとしか表現しようのない音が鳴り響き、フォルティシアが形相を変える。
「時空間、いや……! 余剰次元の揺らぎ!?」
異変と激変は同時に訪れた。
ファンタジアの外から突っ込んで来たのは、互いに螺旋を描きながら回転する2つの蒼い超々高密度エネルギー体。
光の尾は前衛の円盤部隊を貫き尚も直進、さらに仰角を変えて僅かに上昇。
母船の1km手前で、螺旋を描いていた2つのエネルギーが互いに衝突––––爆裂した。
発生したそれは無数の子弾を形成し、逆さに降り注ぐ雨のごとくばら撒かれた。
「ッ……!?」
広がった光景は壮絶の一言。
子弾と言っても1本が駆逐艦に匹敵するサイズのエネルギー体が、100本以上の槍となり天界機動部隊へ襲い掛かった。
子弾が直撃した円盤は触れた瞬間に即時蒸発、または爆沈。
至近弾ですら堅牢な装甲が溶け去り、雨の狭間にいた機体も激流に飲まれて大破。
余波だけで円盤が爆散した。
当然母船もタダでは済まない。
小型円盤を燃やし尽くしたエネルギー群は、巨大円盤を一切の容赦なく貫通––––内部から簡単に打ち砕いた。
母船は中央から爆砕し、光の中へ消えていく。
破壊の権化とも言うべき攻撃は、300機以上存在した円盤部隊をたった10秒で消滅させてしまった。
後に残ったのは、エネルギーの通過で真っ赤に染まった夜空のみ。
円盤に至っては欠片すら落ちてこないという、圧倒的なもの。
見れば大気がプラズマ化し、変色してしまっていることからどれだけのエネルギーだったかは想像に難くない。
特攻をやめたユリアは、その場で杖を握り締める。
「そうでしたね。わたしの人生は半分貴方に預けたのでした……勝手に焼いたら怒りますよね」
天界機動部隊を一撃の下で焼き払った攻撃が来た方角を、ユリアは振り向く。
こんなデタラメができるのは、世界で唯一あの人間しかいないと確信して。
「今は無理でも……いつか、必ず追いつきますからね」
自分を救ってくれたことに感謝しつつ、ユリアは改めて彼の恐ろしさを身に染み込ませ––––超える決意を固めた。




