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第390話・王女としての決断

 

 ––––ミリシア王都、王城。


「とにかく、今わかっている現状を教えてください」


 絢爛豪華な玉座の間には、政策会議よりもピリついた空気が降りていた。

 兵士を前に座る1人の少女は、平静を装いつつも焦りと緊張を纏っている。


「はっ、アイリ王女殿下」


 アイリと呼ばれたこの少女は、ミリシア王国を統べる王族––––その中でも第一王女という極めて高い立場の人間だった。


 血統ゆえか、その強さも折り紙つき。

 裏で宝具集めのため、正義のスーパー大怪盗と名乗りかつてはアルス達とも激突した。


 生徒会の3人を相手に単独で優勢を取った程の実力者だが、そんな彼女も今は汗を滲ませている。


「ファンタジアは……どうなっているのですか?」


「20分ほど前、大気圏外より突如として落下してきた大質量物体はファンタジア上空で急静止。その後、大規模空爆を開始したとのことです」


「空爆……! そんな馬鹿げたことができるのは––––」


【天界】。

 そう言おうとするが、兵士の報告を遮るわけにはいかなかった。


「物体はアダムスキー型UFOに酷似、全長は700メートル強と推定されます」


「その飛行物体は1隻だけですか?」


「いえ、ファンタジアの他にヴィルヘルム帝国【帝都ランダルミーデ】。およびアルト・ストラトス王国首都【コローナ】に同型艦が降下した模様です」


「全世界同時攻撃……! こんな規模で戦力を展開できるなんて、どんな軍事力なの。それに勇者出現よりも早く敵が動くなんて……」


 アイリの計算は完全に狂ってしまった。

 予定では神力を探知できるフェイカーを早期に探し出し、勇者を迎え撃つつもりだったのだ。


 それが何故か敵は、このタイミングで大規模攻勢を掛けてきた。

 これではまるで、敵もスケジュールを狂わせられたような攻撃の仕方だ。


 あまりに非合理的過ぎる。

 だがアイリは、思案してすぐに気づいた。


 ––––さっき王都を覆った魔法結界内で、アルスの仕業と思われし異次元規模の技が発動された。

 あまりに凄まじすぎたので、アイリですら悪寒を覚えたほどだ。


 もしそれを、敵の天使も察知していたとしたら。


「焦って手を打つのも、一応理解はできますか……」


「アイリ様?」


「あぁごめんなさい、独り言です。交戦状況を教えてもらえますか?」


 気を取り直して、深呼吸しながら報告を聞く。


「ファンタジアでは、例の大賢者を筆頭とした少数の魔導士が応戦中。他国の状況は未だ不明です」


「すぐに即応可能な師団を動員し、我が国にあるだけの高射砲部隊を向かわせてください。可能な限り早く……!」


「既に自走対空砲7個大隊が即応していますが、到着までには時間が……」


 アイリを途方もない無力感が襲う。

 今すぐ王城を抜け出し、全速で向かったとしても対空砲大隊と到着時間はそう変わらない。


 つまりどうやっても助けられないのだ。

 王女として––––非情な覚悟を決める時が来ていた。


「対空砲大隊は……ファンタジアの10キロ手前で停止させてください。市街への突入命令は中止です」


「中止……っ」


「戦力を温存します。温泉大都市ファンタジアは敵の攻撃で陥落したと見做し、現時刻をもって“放棄”。街のあるレナード州へ緊急事態宣言を発令、州住民の強制避難と、各経済都市へ大至急対空砲の配備をお願いします」


「ッ……!! 了解しました。参謀本部へお伝え致します」


 悔しさ、怒り、情けなさが心を蝕む。

 国家は時として、存続のためトカゲの尻尾のごとく小数を切り捨てねばならない。


 頼みであるアルト・ストラトスの救援も、今は期待できないだろう。

 ヴィルヘルムに至っては国家消滅すらあり得る。


 今為政者としてすべきことは、ファンタジアという少数を捨て、ミリシア王国そのものを守ること。

 国王が病床に伏せている今、アイリだけがこの決断を下せる唯一の人間なのだ。


 悲鳴が聞こえる……。

 ファンタジアで犠牲になるであろう、大勢の国民の声が。

 責任、あまりにも重い重積で胸が押しつぶされそうだ。


 もし、誰か……誰かこの絶望的な状況をなんとかしてくれるなら。


「誰でも良い、助けて……っ」


 誰にも聞こえない程の声で、嗚咽を出す。

 その瞬間だった––––


「失礼します!!」


 新たに、別の伝令兵が部屋へ入ってきた。

 絶望に包まれた部屋で、若い兵士は自分でも信じられないという表情で叫んだ。


「報告します、先程ファンタジアを襲撃していた敵超巨大物体が––––」


 報告は、アイリをもってして目を丸くするものだった。


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