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第384話・ミライとカレン、氷解への言葉

 

 喫茶店でのバイトを終えたミライは、王都中を覆っていた魔法結界の消滅を外に出て確認する。

 大通りは人で賑わい、とても壊滅的規模の戦闘が行われたようには見えない。


 閉店後だったので、術者を営業妨害で訴える必要はなさそうだった。


「さーて、じゃあ行きますか」


 私服姿のミライが向かった先は、店の居住区にあたる2階部分。

 同行者として、夕飯のクリームシチューをトレイに乗せたグランが一緒に歩く。


「マスター、作戦通りお願いしますよ」


 足音を忍ばせ、あたかもグラン1人が登ってきたように見せかけた。

 ミライの合図で、部屋の前に立った大英雄がノックする。


「カレン、夕食を持ってきたよ」


「…………」


 返事はない。

 もう既にグランは辛そうな顔をしていた。


「もう引き篭もって5日だ、アルス君やみんなが心配しているよ」


「…………」


 返事はない。

 少し俯きながら、グランは膝を折った。


「そうか、じゃあいつも通りここにご飯を置いておくよ。仕事のことは考えないで良いからな」


「……………………」


 これは重症だと、直感でミライは察する。

 複雑そうな表情の大英雄が、彼女の横を通り過ぎて1階へ降りた。


 チャンスは1回。

 逃せば大事な妹は廃人まっしぐら。

 深呼吸し、息を止めた。


 10分、15分、20分と時間が経つ……。

 やがて、ベッドの軋む音が聞こえて––––


 ––––ギィッ––––


 部屋の扉が開き、遂に姿を見せたカレンがトレイに手を伸ばす。

 決断を下すのに、秒もいらなかった。


「よっ!」


 目を見開き、階段を蹴って全力ダッシュ。

 閉じられる前に、ミライは扉の隙間へ体を捩じ込ませた。

 仰天顔のカレンへ、ニッコリ微笑む。


「ッ!!」


「久しぶりーカレンちゃん! ちょっと失礼するわね」


 拒否する暇など与えず、ミライは部屋へ滑り込んだ。

 作戦は見事成功した。


「ミライ姉!? ぐ、グラン兄に言われて来たの……!?」


「ううん、わたしが心配したから来たの。誰の指示でもないわ」


 見渡せば、予想通り部屋は荒れ切っていた。

 前に来た時は整然としていた棚も、今は中身を全部床へぶちまけている。


 カーテンは閉まっており、明かりもない室内は薄暗かった。

 ミライは思わず、中等部時代の自分を思い出した。


 ……そっくりだ、この世に絶望していたあの頃と。


「わたしもマスターにご飯作って貰ったの、一緒に食べましょう?」


 笑顔で袋に入ったパンを見せると、カレンは下を向いた。


「嫌だ……帰ってよ」


「フッフーン、そう言うと思った」


「えっ?」


 カレンの鼻に、フワリとシャンプーの良い匂いが触れた。

 見れば、自分の体にミライが思い切りハグしていた。


 力強く、しかしとても優しい抱擁……カレンは拒否するでもなく無意識で受け入れていた。


「ちょ……近ッ」


「姉なんだし別に良いでしょ?」


「ゥッ……!


「初めてクエストに失敗して、仲間が大勢傷ついたんだもの……ちょっとくらい落ち込んでも仕方ないわ」


「えっ……あぅ」


 抱き締める腕の力を強めた。

 可愛い妹分は小さく、とても温かった。


「カレンちゃん強いから、今回のことはなまじキツかったよね……。わかる、わたしも昔エーベルハルトさんに負けた時とか凄く悔しかった」


 アルスに教えて貰った。

 鬱状態の人間は、既に十分葛藤して頑張っているのだ。

 変に励ますのは、傷口へ毒を浴びせるのと同じ行為。


 必要なのは––––


「だから……今は好きなだけ泣いて良いし、好きなだけ甘えて良いと思う。わたしもアルスも、マスターもみんなカレンちゃんの味方だから」


 現状の頑張りを否定せず、決して1人じゃないと本人へ伝えること。

 一瞬で完治して復活など、それは漫画の中だけだとミライは嫌と言うほど知っていた。


「ご飯が欲しかったらいつでもマスターに頼んで、あの人の料理が美味しいの知ってるでしょ? それに、もし1人でいるのが辛くなったらわたしやアルス……生徒会のみんながいつでも来るわ」


 無責任な応援など絶対にしない。

 ミライは責任ある姉として、今のカレンに最も必要な言葉だけを抽出する。


「辛かったり、話しづらいことは……いつでも良い。ゆっくり話してくれれば聴くわ。さらに頑張る必要なんかない」


 浴びせられた言葉は、ジンワリとカレンの凍った心を溶かしていった。

 ミライの肩に顔をうずめ、小さな身体を震わせる。


「……ずっと引き篭もってるの、怒られるかと思った……」


「誰も怒ってなんかないわよ、……心配はしてるけどね。アルスなんかもう天使を潰す準備してるみたいだし」


「アルス兄さんが……?」


「そっ、なんたって伝説の竜王級がお兄ちゃんなんだから万事大丈夫よ。アイツなら……どんな敵だって必ずぶっ飛ばしてくれるから」


 氷解……。

 顔を上げたカレンに、さっきまでの自暴自棄な様相はもう見られなかった。


「ッ……! ありがとうミライ姉。わたし、ずっとその言葉が欲しかったんだと思う。変に頑張れとか言われたら自殺するところだった……」


「カレンちゃんはもう十分頑張ってるわよ、今さら追い討ちかけること言わないって」


「……、!」


 目尻に涙を浮かべたカレンは、木製のスプーンを手に取るや、グランが持ってきたクリームシチューにがっついた。

 冷めているのもお構いなしに、ドンドン小さな口を大きく開けて頬張る。


 それを黙って見ていたミライに、袖で目を拭ったカレンが小さく呟いた。


「ッ、グラン兄に、いつもご飯ありがとうって……伝えて欲しい」


「りょうかい」


「それと––––」


 スプーンが置かれる。

 シチューを平らげたカレンが、亜麻色の髪を揺らしながら目を合わせた。


「生徒会のみんなに、お願いがあるの……!」


 本題が来たと悟ったミライは、居住いを正す。

 次にカレンの口から出てきた言葉は、これまで彼女が引き篭もっていた原因にして元凶。


 衝撃の内容だった。


「ミニットマンに奪われた“わたしの能力”を––––取り返す手伝いを一緒にして欲しいッ」


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