第381話・魔壊竜の鎧
いつもより少し文量増し増しです。
頑張って書きました……!『感想』『いいね』お待ちしております。
––––ミリシア王都、魔法結界内。
「おっとっと……! なんだ今のは? この僕の結界が余波ごときで破られかけたぞ」
店長服の大天使東風が、思わず額を汗で拭う。
見つめた先は、わざと結界で包み込んだアルト・ストラトス大使館。
その光景は、まさしく戦慄という言葉が相応しかった。
「どんな技を習得したんだよ……、恐ろしいなぁもう」
目にしたのは、破れかけの魔法結界と“爆炎に包まれる街”。
結界は王都の3分の2以上を覆ったが、その中の実に半分以上を占める面積が火の海と化していた。
きわめつけは、同期させた結界内の時間が外と完全にズレてしまっていること。
これはつまり、重力崩壊に迫るエネルギー集約によって時空が歪んだことを示す。
「君の恋人は、遂に禁忌たる竜王の火を手に入れたようだ」
大天使東風が見下ろした先には、仰向けで“地面に倒れるアリサ”がいた。
変身は完全に解け、髪も元の銀髪へ戻っている。
体操着はボロボロで、頭から足先まで瓦礫と土にまみれていた。
「君はどうする? アリサ・イリインスキー。こんなところで止まっちゃって良いのかい?」
「…………」
返事はない。
当然だ、彼女は口で語る必要もないくらいの差で大敗したのだから……。
今は完全に気を失い、仮死状態でギリギリ息をしている程度。
それ程までにアリサと東風では、勝負にならないくらいの圧倒的な実力差があった。
「ここまでのようだね、最初に言ったでしょ? 僕は優しくないって」
笑みを浮かべる東風が、ゆっくりと手のひらを向けた。
神力が集められ、ドンドンと収束していく。
「よっ」
淡い光が放たれ、失神するアリサを包み込んだ。
一言付けるなら、それはさっきまで撃っていた攻撃魔法じゃなかった。
「『ユグドラシル・ヒール』」
みるみる内に、アリサを死に近づけていた怪我が治っていく。
名を“回復魔法”、大賢者フォルティシアもかつて使った世界で唯一の治癒系技術。
しばらくして、意識を取り戻したアリサがうめき声と一緒に起き上がった。
「大丈夫? 生きてるかい?」
「はっ、はい……なんとか––––ウプッ!」
四つん這いになりながら、その場で胃液を吐き出すアリサ。
それを見て、東風も目を細める。
「これで通算5回……君は死の淵を経験した、この世のどんな拷問だってここまで苦痛を与えるものは無いだろう。吐くのも無理ないか」
アリサの背中をさすりながら、未だ満身創痍の彼女を立たせる。
「死に近づき過ぎて、心と体のバランスが崩れているね。今日はここまでにしようアリサちゃん」
気遣いからそう言った東風だが、貸した手はすぐに離された。
「ゼェッ……けほっ、まだ、わたしはまだやれます。もう一度、稽古をお願いします……!」
「ッ……!」
このやり取りも5回目だった。
東風はとうとう不思議で仕方なくなり、思わず質問した。
「アリサちゃん……、何が君をそうまでして立たせるんだい? 死ぬのが怖くないの?」
「そりゃ怖いですよ……、正直痛いのもすごく嫌です。けど––––」
瞬間、アリサの髪と瞳が淡い紫色へ輝いた。
風と一緒に魔力が放出される。
「わたしはアルス君に、世界で唯一わたしを見てくれた大事な人に……“嘘”をつかれる事の方がずっと怖いんです!」
アリサの変身はほぼ虚勢に近かった。
もう力が残っていないのか、血界魔装ではなくずっと昔に捨てた『マジックブレイカー』へ変身していたのだ。
これでは到底、眼前の大天使には届かない。
届くはずもない、
「わからないなアリサちゃん、なぜ竜王級が君に嘘をつくんだ?」
「……アルス君は家族に誰よりも優しいんです、こんなどうしようもない嘘つきを救ってくれるくらいお人好しで、どんな物より大切にしてくれるんです」
「だったら––––」
「違うんです!!」
言葉が遮られると同時、アリサの持つ覇気が変わった。
「アルス君は家族想いだから、きっと戦力外になっても優しくわたしを慰めてくれるんです。“俺はそれで構わない”と言ってくれる」
アリサの瞳から、数滴の雫が零れ落ちた。
透明な涙が、遠方の炎を反射しながら地面に溶ける。
「だけどその言葉は––––わたしにとって死刑と変わらない! もういいよなんてアルス君からは絶対言われたくない! そんな気遣いは“嘘”と瓜二つ、恋愛は、優しさが一方通行じゃダメなんです!!」
溢れる涙を堪えようとするが、いくら歯を食いしばっても止まる気配はない。
いつからだろう……、ここまで特定の誰かに好かれたいと思ったのは。
人はそれを愚かと言うのだろうが、断じるのは決して他人じゃない。
「わたしは恋愛を拳で語る女です! 嘘を吐ける口でなんか一生語りたくない! 彼を全力でぶん殴ろうと頑張るわたしを––––竜王級アルス・イージスフォードは大好きなんです!!」
「ッ!!」
東風から莫大な神力が噴き出る。
光は柱となって、崩れかけの結界をたちまち修復した。
「やはり君は誰より興味深いよ……! アリサちゃん! 良いだろう、何度でも、何度でも何度でも君が強くなるまで殺してやる」
覚悟と恐怖が身体を包んだ。
もう自分は何度、眼前の強大な大天使に殺されるだろう。
だけど構わない、このいつまで経っても止まらない涙が枯れるまで––––わたしは立つ!
立って、竜王級に相応しい彼女に––––
「ぬぅんッ!!」
東風の恐ろしい威力を持った拳が迫る。
天使は6回目の殺人を、アリサは6回目の死を覚悟した時だった。
––––キィンッ––––!!!!
響いたのは雷鳴。
次いで発生した爆風が、攻撃態勢の東風を吹き飛ばした。
「なっ……!」
空中で姿勢を制御し、眼を覆う光を見つめる。
アリサの立っていた場所へ、紫に輝く雷が落ちていたのだ。
「血界魔装だと……! だがもう出血はしてない筈、まさかっ!」
東風は、今になって気がつく。
出血という、血界魔装が進化する条件。
そして––––“人の涙は血から作られる”ということを。
「わたしは……、いつまでもアルスくんの隣に立てる女でいたい! 気遣いも遠慮もない、互いを殴り合える対等な存在へ!!」
太いイカヅチが弾ける。
現れたのは、髪と瞳をより一層深い葡萄色へ光らせ、露出した肌に同色の紋様を浮かべた涙目の少女。
「いつか……! この手でアルス君をブン殴れるように!!」
血界魔装––––『魔壊竜の“鎧”』へ変身したアリサが、大天使にも負けない出力で魔力を放った。




