第376話・愛する妹のために
––––喫茶店ナイトテーブル。
大英雄グラン・ポーツマスが経営するこのお店は、年末最後の運営日を過ごしていた。
相も変わらず客は少ないが、どれだけ赤字だろうと決して潰れることはない。
っというのも、近衛総連隊長であるグランの権限によって、王城から大量の補助金が出ているのだ。
名目は“近衛連隊情報支部”。
現在は竜王級のアルスが居住していることによって、さらに拠点としての価値が見出されていた。
世界最強の魔導士を放浪させることなく一箇所に留められる、国家としてこれ以上ない利益を生んでいたのだ。
なので、この店に回転率という概念はない。
よりお客様にゆったりとした、快適な空間の提供を是とする。
店員として年単位で務めるミライも、そのことはとっくに存じていた。
「お待たせしました、こちらパフェとダージリンのホットです。ごゆっくりどうぞ」
いつも通りのもてなし。
故に、慌てるような仕事はほとんど無い。
あるとすれば、気まぐれに給仕をしたグランが皿を落とした時くらいだろう。
そんな大英雄は、カウンターへ戻ってきたミライに優しく微笑む。
「助かったよミライちゃん、君がシフトに入ってくれなかったらどうしようかと」
「あぁ〜まぁ、一応暇でしたし。ちょうど金欠で仕事量増やしたかったので」
トレイを置いたミライは、客に聞こえないよう小声で呟く。
「カレンちゃん……、まだ部屋に籠ったままですか?」
数秒の沈黙の後、グランは首を縦に振る。
アルテマ・クエストを受けたあの日、冒険者ギルド【ドラゴニア】は壊滅した。
トップのカレンを含めて、たった1人の大天使––––ミニットマンに敗北したのだ。
一体どれほどの強さだったかは、もはや未知数のそれ。
あれだけの規模を持った集団が完敗するなど、さすがの王政府も予想できない事態だった。
現在ギルドは休業状態になっており、カレンは殆どの時間を自室に引きこもってしまっている。
「……時間が解決すると、カレンなら立ち直ると……そう信じるしかないね。僕の言葉じゃ慰めなんて傷口に塩だ」
「そんな……っ」
無情だと言おうとして、すぐに思い止まる。
グランの顔に、やりきれない……どうしようもできないという無念の気持ちが浮き出ていたからだ。
「兄妹だからわかるんだ……、カレンは強かっただけに今回のショックが誰よりも大きいと思う。プライドも誇りも、全部を失った。僕にできるのは……部屋の前に食事を置くことくらいだ」
ミライは思う。
––––このままではあまり良くないなと。
兄妹のいない彼女にとって、カレンは実の妹みたいなものだ。
可愛くて強くて、ちょっと反抗期だが時にはデレて……。
とにかく、このまま廃人化させるわけにいかなかった。
「マスター、ちょーっと良いですか?」
「ん……? なんだい?」
アルスは忙しそうなのか、急に今日シフトを抜けた程。
彼は頼れない。
ここはとりあえず、我流で単刀直入に行くこととした。
「終業後に、今日もご飯をカレンちゃんの部屋へ運ぶんですよね?」
「そ、そうだけど……」
ニッと笑みを見せたミライは、自分の胸に手を当てる。
「元引きこもりの陰キャ大先輩として、ここはわたしに任せてもらえませんか?」
今年最後の更新になります。
1年間読んでくださりありがとうございます! 来年もまだまだ物語は進んでいくので楽しみにお待ち下さい。
よいお年を!




