第375話・天界の正体
「て、【天界】の位置がわかったのか!? 一体どうやって……これまで世界中どこを探しても見つからなかったのに」
動揺する大使を尻目に、対外情報庁の若者がラインメタル大佐を見た。
「手段を聞いても、どうせ機密の一点張りでしょう? しかし流石は元勇者……もし本当なら恐れ入りますよ」
場の全員が緊張を纏った。
それほどまでにこの情報は渇望され、求められ続けたのだ。
もし位置がわかれば、敵の首都へ先制攻撃すらできる。
これはもう、国家最上級機密案件と言って良い。
ラインメタル大佐は眼鏡を触った。
「手段については確かに明かせません、まぁご安心ください。私は常に国家の利益のみを追求する人間、一切損はしておりません」
不気味に笑う大佐に、皆一様に表情を引き締める……。
この男は……、一体どこまで踏み込んだのだと。
「そ、それで……【天界】はどこにあったんだ? 北極か? それとも南極か?」
「落ち着いてください大使、北極も南極も既に探索済みですよ。いえ––––地球上どこを探しても見つからなかった。ラインメタル大佐、どこにあったと言うのです?」
運輸省高官の言葉に頷いた大佐は、ゆっくりと……人差し指を“上”へ向けた。
全員が天井を見上げる。
「まさか……、空かッ!? だとしたらワイバーンで探索を––––」
大佐は首を横に振る。
「いえ大使、蒼空ではありません……大気圏より“さらに上”です」
「空より……上ッ?」
あり得ない、そんなこと……!
だが現実は無常だと、ラインメタル大佐は告げる。
「【天界】は––––この星の衛星軌道上に存在する、超巨大都市型宇宙船と思われます。この地上には存在しません」
「宇宙船!? しかも衛星軌道だと!? あり得ん! もしそんな物があったらとっくにレーダーや各種観測機器に引っかかっているはずだ!」
声を荒らげる外務省高官を、対外情報庁がなだめる。
「落ち着いてください、情報とは……得てして我々の常識外から来る場合もあります。ラインメタル大佐、続きを……」
皆が黙ったのを確認し、大佐はタブレットを操作した。
画面が切り替わり、全世界の天体観測場が映った。
「外務省の言う通り、通常であれば目視も可能でしょう。しかし【天界】は姿を見せていない……いえ、見せないようにしていると思われます」
「どういうことかね?」
「天使共は、我々の観測技術を軽くあざむくだけの光学迷彩を宇宙船全体に施しているのでしょう。超技術……まさにオーバーテクノロジーです」
「観測不可能……だと!?」
「X線、赤外線、ありとあらゆる光学観測手段は通じません……おまけに推定される移動速度は秒速8キロメートル以上。そんな物を攻撃できる兵器は現在のところ、我が国ですら存在しません」
「ICBMは……駄目か? あれなら宇宙空間にだって届くだろう?」
「お言葉ですが大使、位置も予想進路もわからない目標を相手に核攻撃はできません。もっと言えば、大気圏外での水爆起動はリスクも大き過ぎます」
近年、アルト・ストラトスも軍事衛星の打ち上げ事業を始めていた。
主に地上観測用だが、ロケット1つ打ち上げるのだってとてつもない技術と金がいる。
そこに、全長にして数十キロはある巨大質量が軌道上にあると言われたのだ。
おまけに未知の光学迷彩機能を持ち、弾丸より早い速度で動いている。
もし70年先の技術を先取りできれば、衛星軌道上の物体を攻撃できる対空ミサイルや高性能艦艇なんかが開発され、なんとかできたかもしれない。
だが、もはや相手は先駆文明のそれ。
核兵器ですら無効武力と化しているかもしれないのだ。
「現在、この事実を知る一部の参謀将校が攻撃プランを策定中です。まぁ……いずれも難航中ですが」
「ら、ラインメタル大佐……具体案はどのくらい上がっているのだね?」
「私が耳にしたものですと、ICBMによる軌道上への核攻撃。専用対空ミサイルの開発、衛星軌道上に水爆搭載衛星を打ち上げるなど……ハッキリ言ってたかがしれたプランです」
「ではどうするのだ! これでは打つ手なしも同然じゃないか!」
「その通り、有効兵器は現状存在しません」
大佐の言葉を受け、沈黙が場を支配する。
相手は……想像以上に強大だった。
なんせ、宇宙船への攻撃など今まで想定すらしてこなかったのだから。
万策尽きた……誰もがそう思った時。
「っとまぁ、これだけでは少々救いがありませんね」
タブレットを切ったラインメタル大佐が、席を立つ。
「ど、どこへ行くのかね?」
「参謀本部はアテになりませんので、少しばかりこちらでなんとかしてみます。皆さんには––––引き続き天使討伐のご協力をお願いします」
視線を受けながら退室したラインメタル大佐は、タブレットに着信が入っていることに気づく。
予定通り、1件のメッセージが入っていた。
内容を見た大佐は、頬を吊り上げる。
「もう一度……ほんの少しばかりだが、また“勇者”に戻ってみるかな」




