第372話・勇者騎士団
「総員配置に着きました、カルミナ様!」
夜も深くなった王都。
民家の屋上––––ブラッドフォード家を囲む形で何人もの男たちが立っていた。
総数にして30人あまり……一際高い家の屋上で報告を受けていたのは、紺色の鎧を身に纏った女。
先日、王城宝物庫でアルスに完敗し、不正を暴かれ王女によって追放された騎士。
元王国近衛大隊長––––カルミナ・レジンゲートだった。
「竜王級の彼女––––その1人がここに住んでいる、確かな情報なのよね?」
「はっ、我らが唯一神を愚弄した王立魔法学園の一員。アーシャ様からは既に無制限無差別攻撃の許可が出ております」
報告をした男の胸には、月明かりに光る石が下げられていた。
彼だけではない、周囲を取り囲む男達全員がそれらを装備していた。
無論––––カルミナ本人も。
「勇者アーシャ様より頂いたこの力、これさえあれば今度こそわたしを愚弄した竜王級に……本当の絶望を与えられるわね。とても楽しみだわ」
全員が付けていたのは、装備すれば誰でも強力な魔導士になれる人工宝具。
『フェイカー』だった。
それもただのフェイカーではない。
ほぼ全員がエルフ王級相当の力を宿し、カルミナに至っては魔人級魔導士と同レベルの物を持っていた。
「アーシャ様を筆頭とする『勇者騎士団』の初陣よ、派手に行こうかしら。悪いわねベリナ––––今日で決着ついちゃうかも」
顔を笑みで歪めたカルミナが、剣を抜いた。
刃に神々しい光が宿り、膨大な魔力が収束していく。
「わたしを追放した恨み……、恋人の死でもって償ってもらう!!」
カルミナが両手で剣を振り下ろすと同時、凄まじい衝撃波が発生した。
射線上にあった木組みの家々を薙ぎ倒し、ブラッドフォード家に関しては骨組みも残らず吹っ飛んだ。
轟音と煙が走り回り、後に残ったのは大災害の事後とでも言うべき惨状。
瓦礫群を見下ろしながら、カルミナは笑いを堪えきれず噴き出す。
「あっはっは! こんな簡単に強くなれるなんて、フェイカーって最高ね。真面目に鍛錬してる人間がバカみたい!」
無能のコンプレックスなんて、もう気にする必要もない!
真面目なバカを差し置いて、自分は究極の力を手に入れたのだ。
「近衛なんてゴミだったわね、アーシャ様率いる『勇者騎士団』こそ次代のメインストリートよ」
周囲の男達も、ケタケタと笑う。
完全に不意を突いた奇襲、竜王級は翌朝に無惨な姿となった恋人を見て絶望するに違いない。
高笑いしたカルミナは、興奮して全く気づいていなかった。
「えっ?」
空の模様が変わっていることに。
見渡せば、王都の広範囲を巨大な『魔法結界』が覆っていた。
「まさかッ……!!」
雲を裂いて眩い閃光が走った。
上空から突如降った”金色の雷“が、瓦礫と化したブラッドフォード家の中心に落下したのだ。
「総員けいか––––!!」
叫んだ男の1人が、イカヅチの槍で貫かれた。
断末魔を出すこともできず、屋根から転げ落ちていく。
今一度目をやると、瓦礫の中央に1人の少女が立っていた。
「ッ!?」
悪寒が走る。
大気が強い静電気で溢れた。
「よくも人様の家を、よりにもよって––––よりにもよって!! 一番大事な時間に消し飛ばしてくれたわね!」
全身に激しいスパークを纏い、露出した肌には幾何学な紋章が浮かぶ。
髪はシャンパンゴールドへ変貌し、瞳もエメラルドグリーンに。
「絶対許さないんだからっ!!」
血界魔装––––『雷轟竜の鎧』へ変身したミライが、激昂に満ちた目で見上げる。
極まり切った竜の力を前に、勢いづいていた勇者騎士団もたじろぐ。
奇襲はバレていた、それだけでも想定外……。
だがなんだあの姿は、あまりにもパワーアップ倍率が常識を外れている!
「狼狽えないで! 相手はガキ1人よ! 最高位のフェイカーで武装したわたし達の敵じゃない!」
言いながらカルミナは目を丸くする。
眼下で立っていたはずのミライが、予備動作なしで消えたのだ。
「ガァ!?」
「ぎゃあっ!!?」
「ああァアアッ!!」
背後を振り向く。
屋根上で魔法の発射準備をしていた騎士たちが、あらゆる方向から発射された雷撃によって焼き焦がされたのだ。
いや……同時ではない、あまりにも速すぎるスピードのミライが、1人1人にペン型魔法杖をぶち当てていたのだ。
「このガキ!!」
氷、炎、岩石攻撃。
様々な魔法が飛び交うが、決して当たることはない。
血界魔装の鎧へと進化したミライに、もはやエルフ王級魔導士では束になっても敵わない。
唯一対抗し得るクラスは––––
「お前も懲りねーな、エセ近衛大隊長」
冷や汗が背筋を流れた。
ありえない、そんなはずはない。
ヤツがここにいるなんて––––
「インチキ野郎、現実を見ろよ」
振り返った瞬間、頬がぶん殴られた。
凄まじい勢いで吹っ飛んだカルミナは、瓦礫に激突する。
こんな芸当ができるのは……。
「勇者とか言ってたな? その話––––詳しく聞かせてもらおうか」
世界最強の魔導士。
竜王級アルス・イージスフォードが、不気味な笑みを浮かべていた。




