第371話・一線を超える瞬間
カコナさんとの話も終わり、無事ミライはこれまで通りの生活を送れることになった。
そして、何の気を遣ってくれたのか……カコナさんは「用事があるから」といきなり泊まりがけで出掛けてしまった。
「アルス! 今日泊まってくわよね?」
爛々とした目で俺を見上げるミライ。
予想通り過ぎる言葉に、俺はもう頷くしかない。
っというかカコナさん! 娘に恋人が出来たと知ってからの行動が早すぎやしませんかね!?
「良いけど……じゃあとりあえず––––」
言いかけた俺を、ミライが手で制す。
「待て待て待てい、親フラの可能性が消えたこの神展開! ここはあの台詞を言う場面でしょう」
「あの台詞って?」
「それはもちろん。ご飯にする? お風呂にする? それともわた––––」
喋る途中のミライを放置して、俺はカバンから菓子パンを取り出す。
「ちょっと! 最後まで聞いてよ! ってか無言でパンを開けるな!」
「ネタが古すぎて面白味ゼロなんだよ、テンプレと使い潰されたネタはちげーからな?」
ソファーに座り、パンを頬張る俺にミライが近づいてくる。
「だったら……新鮮なネタくれてやるわよ」
瞬間、ミライが俺のパンを横から掴み取った。
突然の行動に、さすがの俺も困惑する。
「おい、一口欲しいなら言ってくれれば––––」
言い終わることは許されない。
少しムッとしたミライは、黙らすようにして俺へ口付けを行ってきた。
魔力が一気に流し込まれる……っ。
「んぐっ……!」
飲み込む……。
その甘みがさっき食べたパンによるものか、はたまた全く別の何かかは……混乱し切った俺の頭では判別できない。
「プハッ……どう? 新鮮なネタでしょ?」
柔らかい唇が離れた。
口元を指で拭ったドヤ顔のミライを見て、俺も笑みを浮かべる。
「……やってくれるじゃねえか」
心臓の鼓動が高まる。
俺はさっきの話を聞いて、家族というものへさらに強い憧れを抱いてしまっていた。
理性の鎖が外れかける。
もう、この衝動を抑えることなどできない。
「えっ––––」
したり顔のミライの腕を掴み、ソファーへ押し倒す。
俺からの逆襲に、ミライは面白いくらいキョトンとしていた。
端正な顔が、ジッと俺を見つめていた……。
茶色い瞳が照明に明るく輝いている。
「いきなり人の口に魔力やら何やらを流し込むとは、良い度胸してるじゃねえか……。さっき言ったよな? 今日はもう”親フラ“は起きないって」
「ッ……!!」
またも顔を赤面させるミライ。
上から押さえた両腕は細く、抵抗のそぶりすらない。
茶色のポニーテールから良い匂いが漂ってくる……。
「っ……」
俺はミライが履く、グレーと白のチェック柄をしたスカートをめくった。
あらわになった細いふとももと白い布……、お互いに顔も真っ赤。
心臓は恐ろしいほどに早くなっていた。
「嫌なら……言ってくれよ」
少し顔を背けたミライは、ポツリとつぶやく。
「嫌じゃない……、アルスなら良いっ」
互いの同意が終わってしまう。
もうここまで来たら行くべきだろう、せっかくカコナさんが作ってくれた場だ––––ここで大人の階段を登らずして、いつ登る。
可愛過ぎる、愛しの彼女を前に俺は決意を固めた。
いざ––––
『お取り込み中すみません、2人共』
「「おわぁッ!!?」
俺とミライが同時に叫ぶ。
突如響いた女性の声は、ポケットに入れていたミニタブからだった。
そう、自称スーパーAIのノイマンである。
しまった……、こいつのことを完全に忘れていたっ。
『ものすごく官能的なシチュエーションのところ、大変申し訳ないんですが……』
「な、なんだよ……っ」
汗だくの俺に、ノイマンは淡々と告げた。
『この家、さっきから誰かに囲まれていますよ』




