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第368話・大天使への直談判

 

「ありがとうございました〜! ご主人様、またのご来店お待ちしておりますニャー!」


 ––––王都 メイド喫茶、ドキドキ♡ドリームワールド店内。


 メイド服に身を包んだアリサが、いつもより高めの声を出しながらお客を見送った。

 時間はとっくにお昼を過ぎており、今のが最後の客だ。


「よしっ、これでひと段落かな」


 真っ白な息を吐き、店内へ踵を返す。

 その胸には、最上位店員たるA級メイドを示すバッチが付けられており、もはや初々しさなどどこにも無い。


 完全完璧なメイドとして働く、アリサ・イリインスキーの姿があった。


「アリサさん乙〜、休憩入って大丈夫だよー」


 机を片付けていた先輩メイドが、笑顔で戻ってきたアリサを迎える。


「ありがとうございます、じゃあちょっと休憩してきます」


「ほーい」


 閑散としたホールを抜け、従業員専用の休憩室へ入る。

 そこで、ふとある人物に会った。


「おっ、店長。お疲れ様でーす」


 机に座って本を読んでいたのは、この店の主である男性。

 東風店長だった。

 ウェーブ掛かったピンク色の髪に、金眼は相変わらず目立っていた。


「お疲れーアリサちゃん、今日も良い接客だったよ」


「ありがとうございます、店長や先輩の方に教えて貰ったおかげですっかり慣れました」


「うんうん、素晴らしいことだよ。A級メイドに店内史上最速で成り上がっただけはある、この調子で頼むよ」


 再び本に視線を下ろす東風の前に座ったアリサは、ちょっとだけ笑みを浮かべながら聞いてみる。


「ねぇ、店長って“大天使”なんでしょ?」


「ゴフッ!」


 咳き込んだ東風は、拍子で本を落としかける。

 慌てて栞を挟むや、汗を滴らせつつ顔を上げた。


「周りに誰もいないよね、ウン。えっ……いつから気づいてたの?」


「えーと……結構前ですよ、店長その金眼はさすがに隠し通せませんって」


 困り顔で頭をかく東風。


「弱ったなぁ、天使の特徴なんて普通国家機密もんなのに……」


「あと店長、体から魔力を一切感じないんですよ。それって普段は神力ってやつを使うからですよね?」


「えー……そこまで看破できちゃうわけ? 怖いなぁ……アリサちゃん怖いよ」


 机の上に本を置き、着ていたスーツを今一度直す。


「コホン……まぁもうお察しの通り、僕は天界の大天使だ。けど今すぐ人類をどうこうとかは、全く考えてないことを分かって欲しい」


「知ってますよ、だって店長––––既に密約交わしてるんじゃないです?」


「密約?」


 しなやかな銀髪を肩から払ったアリサは、前のめりになる。


「王女様による天界への宣戦布告があったのに、大天使の店長がこんな平穏にお店を営めるはずないじゃないですか。普通にどっかの大国と協力関係にあるってわかりますよ」


「…………そこまで知って、君はどうするつもりかな? まさか人類の敵である僕を殺すだなんて言わないよね?」


 首を横に振るアリサ。


「まさか、無理ですよ……今のわたしじゃどう頑張ったって東風店長には勝てません。なんたってインフレに1人置いてかれてるんですから」


「い、インフレ……? どういうことかな?」


 両手で机を叩き、前に乗り出すアリサ。

 ビクリと震えた東風は、その圧倒的な迫力に気押される。


「店長! これから時間ある時––––わたしに直接戦闘の稽古つけてくれませんか?」


 目を丸くする東風。

 だが、アリサの顔は真剣そのものだった。


「君に稽古……? 本気で言ってるのかい? 僕は人類の敵である大天使なんだよ、そんなお願いはちょっと無茶で––––」


 そこまで言って口が止まる。

 なぜなら、眼前のアリサの青目が真っ直ぐ––––逸らすことなくこちらを見ていたからだ。


 全てを知って尚、人類の敵である自分に教えを乞う。

 何が彼女をそこまでさせる? どうしてそんなありえない行動ができる?


 あまりに不思議だった……。

 それ故か、自身の中で生まれた好奇心に東風は気づかない。


 知りたい、彼女を動かす力の源を––––


「わかった……良いよ。僕でよければ修行に付き合おう、君は普段からお店の大功労者だしね」


「ッ! ありがとうございます!!」


「ただし––––」


 東風の金眼が、淡く光った。


「覚悟は済ましといてね、僕––––学校の先生ほど優しくないから」


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