第367話・アーシャ・イリインスキー
いつも読んで下さりありがとうございます、おかげさまで「いいね」件数が1500を突破しました。
––––王都 アルナ教会。
荘厳な雰囲気に包まれたここは、ミリシア王都の信者が通い詰めるごく一般的な教会だ。
最奥に女神アルナの像を配置し、礼拝用の長椅子がいくつも並べられた光景はまさしく思い描く教会そのもの。
運営は別大陸の国家––––スイスラスト共和国の教会総本山が行なっており、こうした建築物は世界中に存在する。
「あぁ……、女神アルナ様。ようやくお眠りから覚めたのですね」
象の前にひざまづいた女性が、両手を合わせながら恭しく唱える。
長い銀髪が床につくも、一切気に留めない。
それどころか、一層の多幸感に包まれた様子で二の句を次ぐ。
「わたしなのですね、わたしが選ばれたということなのですね……。なんという幸せ、なんという僥倖、祈りが届いていたこと––––大変嬉しく思います」
顔を上げた女性は、陽光の反射する青目を象へ向けた。
全身を覆う黒いシスターの制服に、首から下げられた十字架のアクセサリーが胸元で光る。
年齢にして20歳ほどであろう彼女へ、後ろから声が掛けられた。
「やはりここでしたか、アーシャ・“イリインスキー”教会支部長」
青年の声。
アーシャと呼ばれた女性は、祈りを中断してゆっくり立ち上がる。
「––––何かしらアベルト。スイスラスト本国への秘密電文ならもう送ったわよ? それとも……どこか不備があったかしら?」
「いえ、不備はありません。ただ……僕自身が再確認したいのです」
振り返るアーシャ。
中央の通路に立つ青年––––アベルトは、スイスラスト共和国の星騎士甲冑を着ていた。
亜麻色の髪を伸ばした、いかにもな好青年だ。
「このミリシアという国はあまりに愚かだ……、唯一神たるアルナ様を否定し、あまつさえ天界に宣戦布告するなど……正気の沙汰じゃない」
「えぇ、宗教的混乱を引き起こした国々の責任は大きいわね。––––で、確認したいことって?」
一呼吸置いたアベルトは、キッとした目つきでアーシャに向き合った。
「そんな野蛮な国、このおぞましい街に……支部長の“実の妹”が住んでいるというのは本当ですか?」
アーシャの青目が、気のせいか……少し暗く映った。
「妹ね……確かに昔生き別れた妹がいるわ。向こうは知らないでしょうけど、名前は確か––––」
言い終わる前に、アベルトが1枚の写真を取り出す。
そこに映っていたのは、銀髪をツーサイドアップに纏めた青目の少女。
写真では、王立魔法学園の制服を着て歩いている姿が映っていた。
「アリサ・イリインスキー……、かの大名門。王立魔法学園の生徒会に属す優等生、噂では伝説の竜王級と共に闇ギルド・ルールブレイカーを打ち破ったと聞いています」
教会にため息が響く。
困り顔を見せながら、アーシャは頬に手を当てた。
「隠し撮りは犯罪よ、スイスラストの星騎士ならもう少し常識が欲しいわね」
「些細なことですよ、もし支部長に情が湧いて任務が続行できなくなったら……困るのは僕と、全世界25億のアルナ教信者なのですから」
「……妹のことについては重々承知しているわ、でも大丈夫よ。アリサ・イリインスキーのことは気にしないで」
「そういう訳にはいきません、彼女はキール共和国 国家社会主義党のスパイ。神を否定する共産主義者は我々の敵です」
胸の十字架に手を当て、アーシャは慈しむように目を閉じる。
「その情報、少し古いわね……そしてアベルト、忠告よ。人の身辺をあんまり迂闊に嗅ぎ回らない方が良いわ」
「……ッ! 彼女の存在を知っていたなら、なぜ放置するのです。あなたが手を下さないなら僕が直に––––」
風が吹いた。
アベルトは一瞬だけ目を瞑ったが、すぐに気がつく。
右手の写真が無くなっていた。
「ダメよアベルト……、わたし。楽しみは最後までとっておくタイプなの。横からケーキのイチゴを取るような真似しちゃいけないわ」
アリサの写真は、いつのまにかアーシャの指に挟まれていた。
妖艶な笑みが向けられる。
「今アリサは洗脳されているのよ……悪い竜王にね、だからわたしが目を覚まさせてあげるの。本当に深い愛をどちらが持っているかをね」
後方にある懺悔室の扉を一瞥し、アーシャは微笑む。
「でしょう? 慈悲を求めて流れ着いたお2人さん?」
扉が開いた。
出てきたのは、かつて近衛大隊長として栄えある鎧を着込んでいた2人の女。
「あぁ、シスター・アーシャの言う通りだ」
「支部長の妹をたぶらかす悪の竜王級は、ぜひ我々の手で征伐を」
意気軒高な言葉。
放ったのは元近衛大隊長––––ベリナとカルミナだった。
2人共に、真っ黒なローブを着ている。
「俺たちの人生をぶっ壊した、クソッタレの竜王級へ死を……!」
包帯とアザのついた顔を歪ませ、ベリナは怒りのまま拳を握り締めた。




