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第366話・アイリのお願い

 

「お願い……、俺たちにか?」


 部屋を覆い尽くした防音魔法の中で、とりあえず口を潤すため紅茶に手をつける。

 真剣な眼差しを俺へ向けながら、アイリは口開いた。


「はい、先日の王城戦であなたたちの強さはハッキリわかりました。それ故のお願いです」


 アイリの言葉に反応したミライが、少し前のめりになる。


「あれっ、わたしたちを戦場から遠ざけるのが目的で宝具を奪ってなかったでした?」


「えぇ……確かに最初はそうでしたね。でもミライさん、あなたは雷轟竜の鎧をものにして見せたでしょう? そんな方を今さら戦場から遠ざけるなんて現実的ではありません」


 なるほど……、ある意味破綻していた理想主義をアイリは捨て去ったわけか。

 っとなると––––


「俺たちを戦場から遠ざけることの、逆をご所望かな?」


「ご明察ですアルスさん、近衛の人事も定まらぬ中……もはや戦闘において信じられるのは、グランやあなた方生徒会だけなのです」


「良いのか? 俺たちは王国軍でもなければ近衛でもない。国家機密を扱うには幼い学生だ」


「幼い? フフッ……ご冗談を、キール共和国のスパイ活動を看破し、特殊部隊も政治将校も、果ては党書記まで謀殺した竜王級を……わたしは知っていますよ」


 やはり王女、つまらない建前なんざ一瞬で破ってくる。

 なれば退路など、もはや無いも同然。


「良いよ、せっかく信頼し合える仲になったんだ。本題を話してくれ––––アイリ」


 頷いた第一王女は、紅茶を飲み干した。

 次いで、信じられない言葉が俺たちに放たれる。


「結論から言います、このまま呑気に事を構えていては……世界崩壊までもって後3ヶ月でしょう。ミリシア首都たるこの街の消滅なら、早くて来年すぐにでも」


 隣に座るミライが一気に咳き込んだ。


「ゲホッ……ちょいちょいちょい! 来年すぐって……もうあと3日も無いじゃない!」


「あくまで目安の時期です、しかし––––誇張ではありません。この王都が殲滅されるのはもう間も無くでしょう。おそらく、皆さんは3学期を迎えることすら出来ない」


 アイリの声は重々しく、とても嘘や冗談を言っているようには見えない。

 これは“事実”だ、俺たちが思っている以上に事態は深刻らしい。


「具体的な原因を、王政府は掴んでいるのですか?」


 冷静さを全く損なっていないユリアが、ポットを机に置きながら質問する。

 アイリは顔色を変えずに返答した。


「ユリアさんは、『勇者』という存在をご存知ですか?」


「勇者……昔フォルティシア師匠に聞いたことがあります。古来から伝わる天の加護と神託を受けた、選ばれし人間ですよね?」


「そうです。その勇者によって……わたしたちは近い将来必ず滅ぼされます」


 ここでようやく息を整えたミライが、ゆっくり手を挙げる。


「勇者って、わたしのイメージだと魔王を倒す正義の味方なんだけど……それがなんで敵になっちゃうわけ?」


「ミライさん、先日我々『連合王国同盟』が宣戦布告した相手……覚えていますか?」


「覚えてるも何も、わたしたちに攻撃してくる【天界】じゃ––––」


 そこまで言って、ミライは悟ったらしい。

 思わずだろう、両手で口を覆った。


「天界……、天使」


「そうです、『勇者』とは……天に選ばれた戦士。おとぎ話では悪い魔王を倒す存在として知られますが、“誰が魔王かはいつだって天界が決める”のです」


 アイリが防音魔法を張った理由がよく分かった。

 こんな話、とても公にはできない。


「つまり、今この世界においては……俺たちこそが倒すべき“魔王”認定されちまってるわけだな?」


「おっしゃる通りです。まだ誰が勇者に選ばれたかは不明ですが。人類という魔王を倒すべく、新たな勇者が誕生した可能性は非常に大きい」


「対人類用の勇者か……。本当にエゴの塊だな、自分の都合で気まぐれに文明を滅ぼす––––どこが上位種族だ」


 全く腹立たしい。


 つまり、よく知られる綺麗で美しい善対悪のおとぎ話は、全部天界が敵を倒す過程を……人類に都合よく解釈したものとなる。


 道理でフィクションなわけだ。

 二極で全部を語れるほど世界は、現実は……そう単純じゃない。


「……分かったよ、アイリ」


 宝具取得合戦は、先日ドラゴニアがやられた事で既に敗北している。

 冒険者トップのカレンたちが頼れなくなった以上、もう王都で使える戦力は限られてしまう。


 なら––––


「協力する、こっちもちょうど冬休みだ––––宿題がてら全部片付けてやるよ」


 ミライとユリアも頷く。

 誰が魔王で、どっちが悪だなんてもう何の意味もない。

 俺たちはただ、ようやく築いたこの居場所を守るだけだ。


「その言葉を……待っていました」


 嬉しそうに笑みを見せたアイリが、人差し指を立てた。


「目的は1つ、ある『人工宝具(フェイカー)』をなんとしても見つけ出したいんです。それが……勇者を特定できる唯一の方法だから」


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