第360話・大怪盗の生まれたワケ
魔法結界が解除された。
あんなに激しかった戦闘の痕跡は綺麗サッパリ消え去り、王城は夜闇に相応しい静けさを保っていた。
「で、河岸を変えたわけだけど––––」
俺たちは、第一王女アイリの寝室に案内されていた。
カーテン付きのベッドに、絵画や装飾品で彩られたここへ全員が集まる。
「とりあえず概要から聞きたいんだが、いけそうかアイリ?」
「いつつ……、あぁはい。大丈夫……」
ベッドに腰掛けたアイリは、マスターに包帯を巻いて貰いながら答える。
っというかアイリだけではない、俺とマスター以外は漏れなく全員負傷者。
かくいう俺もさっきまで気絶していたアリサへ、ガーゼを貼ってやっている最中だ。
まぁこの子は比較的軽傷で、言うならば腹にアザができたのと擦り傷打撲etc……。
血だらけで満身創痍のミライやアイリに比べれば、まだマシと言える。
「っていうかアルス、何ナチュラルに王女様のこと呼び捨てにしてんのよ。無礼よ無礼」
既に応急処置を終えたミライが、さっきまでの激しい戦闘など無かったような口調で言う。
っつーか、お前も結構アイリ(イリア)に偉そうなこと言ってたろうが。
「……構いません、今さら皆さんに敬ってもらおうなど驕りの極み。どうか好きな名で呼んでください」
マジかよ。
案外思い切りが良いなこの王女様。
「じゃあアイリっちで!!」
即座にあだ名呼びしたアリサを、真後ろから引っ叩く。
「いったぁー! 何すんのアルスくん!?」
「何がじゃねーよ、なに勝手にあだ名作ってんだよ。しかもなんだよアイリっちって」
「わたしのあだ名をリスペクトしてるんだよ? つまり可愛いということは確約されている。よってアイリっちも積極的に使うべき」
「自分で言うか……」
そんな俺たちのやり取りを見て、アイリが微笑む。
「大丈夫ですよ、アイリっち……良い名ではありませんか。これで城下の民の文化、外の名を遂にわたしも……っ」
あっ、これあれだ。
庶民の暮らしや習慣に若干憧れを抱いてたパターン。
いわゆる王族ギャップというやつか。
自称正義の怪盗気取ってたり、アイリは14歳らしく案外幼いのかもしれない。
っ、怪盗と言えば……。
「なぁアイリ、どうして怪盗なんて名乗って俺たちから宝具を奪おうとしたんだ? 学生を戦場に送りたくない気持ちはわかるが……それでこんなに戦闘やってたら意味ないだろ」
「んぐっ……!」
喉を詰まらしたような声が、アイリから飛び出る。
もしかして––––
「……失礼なこと聞くが、お前。ひょっとして俺たちのこと舐めてたな?」
「っ…………ぃ、いえ?」
思い切り顔を逸らすアイリ。
さてはこの王女、ポーカーフェイスを知らないな?
「アイリ様は、わたしたちを圧倒するつもりでしたね? だから当初の予定では戦闘にすらならず、双方重傷者なく宝具を奪うつもりだった……違いますか?」
ユリアの問いに、アイリは顔を真っ赤にする。
逃げられないと悟ったのか、王女は観念して口を開く。
「はい……最初は余裕でイケるかな〜って思っておりました。でもファンタジアでアルスさんに手酷くやられてから、慌ててターゲットをミライさんに戻して……結果このザマです。笑ってください」
「笑いはしないが……、ちょっと慢心が過ぎやしないか?」
俺の言葉に、「昔のわたしみたいですね」とユリアが返答。
とりあえずさらに聞いてみる。
「で、わざわざ王女自らが下賎な怪盗やってたんだ。理由を教えてくれ」
頷いたアイリは、マスターを一瞥してからゆっくりと喋り出す。
「わたし達王国は、以前よりとある大天使の計画を察知し……警戒していました。っと言っても、天使なんてまだわからないことだらけですが」
「全然良いよ、わかってる範囲で教えてくれ」
「はい……計画を首謀する大天使の名はミニットマン、温泉大都市ファンタジアで古来より祀られた……いま神に最も近い存在です」
ふと思い出す。
俺たちがファンタジアに行った日、豊水祭という催しが開かれていた。
古来より街に恵みをもたらす天使を祝福し、発展を願うもの。
もう折れてしまったが、あの巨大なファンタジア・ツリーも同じ目的で造られた記憶がある。
アレは全部その天使を祀っていたのか。
「ミニットマンはその計画のことを『パーティー』と呼び、現在実行に移しています……。そこで絶対に必要となるのが––––」
アイリの目は、立て掛けられたミライの魔法杖へ向く。
「この世で我々から“宝具”と呼ばれる物、古代帝国が遺した莫大な力を持つ武器です」
あー、なるほど……。
つまり、
「アイリっちは、そのミニットマンとかいう大天使に宝具を盗られる前に、こっちが先に奪っちゃえば良いって考えたんだね」
「アリサさんの言う通りです……。けれど人の物を盗むなんて……心のどこかで罪悪感があった、だから吹っ切れるため––––昔読んだ怪盗漫画の主人公になりきってみたのです」
なるほど、だからあんな正義のスーパー大怪盗とかいう主張強めのキャラになったわけか。
これで大体はわかった。
「ミニットマンの『パーティー』を阻止するためには……、なんとしてもこっちが宝具を保持してなきゃダメなんだな?」
「おっしゃる通りです、でも大丈夫––––既に手は打ってあります」
包帯を巻き終わったアイリが、ベッドを立つ。
「先日ランキング第1位の冒険者ギルド『ドラゴニア』へ、国から正式にアルテマ・クエストを依頼しました。もう今頃、彼らが王国中の古代帝国跡地からアーティファクトを回収したはずです」
カレンのギルドか。
そう言えば遠出するとか言ってたが、そんなクエストを受けていたのか。
じゃあもし跡地で防衛モンスターに襲われても、きっと大丈––––
「夜分遅くに失礼します!! アイリ様!!」
寝室の扉が、激しくノックされた。
一瞬空気が固まるが、俺たちのいる部屋の中が見えないようアイリの準備がまだできていないことを理由として、外から何事かだけを告げさせることに。
だがもたらされた報告は、あまりにも劇物過ぎた。
「探求都市スケルツォに向かった冒険者ギルド『ドラゴニア』が、正体不明の敵により“壊滅”!! 死者および重傷者多数! 遺跡にあった全てのアーティファクトが奪われましたッ!!」
これにて【大怪盗イリア編】は終了です、お疲れ様でした。
物語も中盤、次回より新章スタートです。




