第36話・徹底抗戦、生徒会長選挙
生徒会長選が始まった。
今日から1ヶ月の間、立候補者たちは来たる投票日に向けて活動を行う。
これは戦争だ、本気でやらねばあのわからずや1位を思い知らせることはできない。
やるからには、圧倒的な勝利を目指す……!
「まずポスターやチラシだが、顔写真はもとより公約を強調して作ろうと思う」
放課後、ほかの生徒がいなくなった教室でミライと相談を行う。
今回の戦いで最も重要なのは、全校生徒605人の清らかな票と学園ランキングだ。
「無難じゃない? 内容が決まってるんなら早速取り掛かっていいと思う」
まず立ちはだかるのは、報道で高まっているとはいえ未だ不十分な知名度である。
コミフェスの件で2年生には十分顔も知れ渡っているが、他学年となると自信がない。
「ミライ、お前的には今回の選挙、普通にやったらどう傾くと思う?」
ペンを動かしながら、彼女は少しだけ考える。
「そうねぇ……、まず一番の強敵はエーベルハルトで間違いないと思う。彼女は隣国––––ヴィルヘルム帝国出身の貴族令嬢だし、特に3年生の票が集まりやすいかも」
「俺も浅知恵ながら多少調べたよ、前年度からすでに生徒会での経験があるみたいだな」
「うん、1年の時から会計を務めてたみたい。実直な性格と実績が今の3年生から高い信頼を集めてる」
なるほど……、あっちのターゲット層は年長生。
俺と違って前年からの功績が使える、そこが強みと言ったところか。
「よし、ならどう動けばいいかは決まりだ」
その日の内に戦略が決まった。
数日後––––校内のあちこちに現れた、ミライお手製の選挙ポスターが波紋を広げる。
「あの公約見た!? 今年の大魔導フェスティバルは王都中央通りの人気スイーツ店と協賛だって! しかもその他数店舗と今交渉中とか」
「マジ!? 中央通りブランドとコラボとか絶対ありえないと思ってた! 誰の公約!?」
「アルス・イージスフォードくんだって、編入生なのに女子ウケわかってんじゃん!」
公約その1、有名スイーツ店を巻き込んだ学校イベントの協賛。
ミライいわく、王国女子の間で中央通りブランドなるスイーツ店が流行ってるらしい。
年頃の彼女たちの、年に一度あるイベントへ掛ける想いを使わない手はないとのことだった。
「女子はそればっかだな、そんなのよりこっちの公約の方がずっと魅力的じゃん!」
「なんだ? 私物魔導タブレットの持ち込みOK……! 髪染めや流行ファッションの許可! 現代に見合わない校則の全校生徒による意見と見直しっ!? 嘘だろ最高じゃん!!」
公約その2、および3。
この学校では、私物のタブレット持ち込みが禁止されている。
昨今の情報社会において、大陸一の学び舎がそれを否定するなど時代遅れも甚だしい。
もちろん勉学に関係ない娯楽では使えないが、そこは伏せるのがミソである。
「アルスっていうヤツに投票すれば……もう髪染めたくらいで書類申請しなくてもいいのか!」
これはアリサの提言で、ファッションを否定すれば社交界で着飾るなんて到底できない。
そう言われて思いついたのだ。
今どき流行りの髪形や髪染め、果てには生まれつきの毛色すらダメ出しするようでは多様性もクソもないとのこと。
「うん……! 出だしは成功だね、アルス」
廊下の賑わいを見たミライと、俺はハイタッチを交わす。
今回の戦略……それは、2年と1年にターゲット層を絞った公約を出すこと。
敵わないシチュエーションは避けるのが、辛いギルド時代に得た教訓だ。
ユリアが3年の票を取るなら、好きに取らせてやればいい。
俺はヤツの守備範囲外から全力で攻めるだけだ。
「ずいぶん思い切った公約を叩き出しましたね」
声を掛けられ振り返ると、そこには憎らしそうにこちらを見つめるユリアがいた。
「謙虚な公約より、誇大な広告の方が映えるだろ?」
「気に入りませんね……、完璧に実現できる自信があるので? まさしく誇大妄想もいいところです」
「じゃあ完璧に公約を実現する政治家さんがいるなら、ぜひ教えて欲しいもんだね」
苦虫を噛んだように歯軋りするユリア。
答えれるはずがない、現大陸の政治家にそこまでクリーンな人間はいないからだ。
もちろん彼女の言う通り実現するかは不明……。
けれど、明確なゴールを示さねば生徒たちは絶対納得しない。
清らかな票を得るのに、潔癖な戦い方をしては勝てないのが民主主義選挙だ。
「思い浮かばないなら、それが答えになる」
「この……っ」
唇を噛んで睨め付けてくる。
我ながらまったくひどい矛盾だと思う。
ミライの仇を討つという目的がなければ、こんな無茶は倫理的に絶対やらない。
「ッ……たしかに合理的な戦い方です。けれど票を集めたとしても、今の貴方のランキングだと無に帰すだけでは?」
どうなんだという顔でこちらを伺う。
この生徒会長選は学内ランキングが大きく左右する、投票日にトップ5へ入っていない候補者は有無を言わさず欄から消去されると聞いた。
けど––––
「そんなことには絶対させない、お前との公式戦は3週間後––––それに勝てば生徒たちの票を裏切らないで済む」
「だから愚かだと言ってるんです、その公式戦で貴方が無様に負ければそこでゲームオーバー。票と一緒に期待と信頼すら失いますよ?」
冷たく言い放つユリアへ、横にいたミライが前へ出る。
「それはあなたも一緒……もしエーベルハルトさんが負ければ、アルスは3年生の票すら手に入れることになるわ。そうなれば勝ち目は完全に消える」
「ッ……!」
踵を返したユリアは、少しだけ振り返りながら最後に告げた。
「いいでしょう、殺すつもりでかかってきてください。わたしもそれに全力で応じますっ」
歩き去るユリアからは、本物の殺意が感じられた。
きっと––––この戦いの過程と結果は、神でさえも予想できないだろう。




