第357話・ミライVS大怪盗イリアⅡ
「この想いのためなら––––例えそれが非合理でも受け入れましょう! 明日のミリシアのためにッ!!」
アルスによって付けられていた裂傷。
塞がりかけていた傷が、鋭利なナイフによって再び開く。
コップをひっくり返したように、大量の血がイリアの脇腹から溢れ出た。
「ッ!?」
殆ど同じくして、彼女の焔がより一層の勢いをもって燃え上がった。
火災旋風に近いそれは、ミライとユリアに熱風を浴びせた。
「これで条件は対等ですよ…っ! 雷轟竜ッ」
「うっそぉ……ッ」
ドクドクと漏れ出る血を、イリアの身体に浮かんだ紋様が飲み干していく。
彼女もまた、己の信念のために血を全て流す覚悟を決めたのだ。
「困ったわね……っ、普通これ以上強くなる?」
さすがにドン引きしたミライが、困惑しながらも杖を握る。
「なりますよ、血界魔装の上昇幅に上限はありません。さっきあなたが教えてくれたことですよ?」
「クソッ!」
再び予備動作を行わず、高速移動するミライ。
さっきまではこれで圧倒していたが、既に状況は一変していた。
「あっぶ!?」
イリアの背後を取った瞬間、地面から無数の焔槍が突き出てきたのだ。
咄嗟に回避し、距離を取るミライ。
「さて、どっちの血が先に無くなるでしょうね……」
振り向いたイリアに、もはや余裕などない。
流れ落ちる血を糧に、際限なく魔力を上げていく化け物となっていた。
「そんなのっ……決まってんじゃん」
両者の間に、もはや中途半端な距離は意味を成さない。
まばたきする一瞬で、数度のぶつかり合いが発生する。
イリアが限界を極めるのと同じく、ミライもまた銃弾によって開けられた穴から血が飛び出る。
2人は完全な総力戦へ移った。
雷と焔が荒れ狂い、地面や城を次々破壊していく。
「ッ……! ちょっとヤバいですね……」
杖を両手に、歯を食い縛るユリア。
『魔法結界』を必死で維持する彼女からしてみれば、2体のドラゴンの戦争はまさしく災害そのもの。
もし全力で維持に当たっていなければ、シャボン玉のように結界は消えて無くなる。
「2人の血が無くなるか、わたしが先に力尽きるか……いえ。ネガティブな思考はよしましょう」
最後の魔力を振り絞り、ユリアは最高強度の結界へとパワーアップさせた。
今真っ直ぐこちらへ向かって来ているであろう、最強を信じて。
「ずああぁッ!!」
王城上空で、雷と焔が衝突した。
余波が結界を蝕み、暴風が荒れ狂う。
「なぜこうまで抵抗するのです!! 思い出なんて宝具無しでまた作れば良いでしょう!? サッサと渡してくださいよ!!」
「はあぁっ!? これだから恋人もいない箱入り王女は!! 何もわかってないわね!!」
焔の爪と雷の刃が、何度も激突した。
互角だった競り合いを、ミライはさらにスピードを上げることで突き放した。
「この宝具はわたしがアルスから貰ったのッ! 他の誰でもない、わたしだけの物なの! 他人の指紋すら付けたくないわたしだけの宝物ッ!!」
雷流と踊るように、ミライは高速で攻撃を展開した。
「お前なんかには絶対やらないッ!! やってたまるか!! 手垢も絶対付けさせない! 思い出なんてまた作れば良い? 簡単に言うな––––」
「ッ!!」
遂に防御を打ち砕いたミライは、杖に最大限の力を込めて振り下ろした。
「思い出はね––––繰り返せないから、何より輝く宝物なのよッ!!!」
空中からイリアを叩き落とす。
イカヅチと一緒に地面へ落着した彼女は、焦げついた土の上でさらに魔力を引き上げた。
いよいよ切羽詰まった表情で、ミライを見上げる。
「わたしには、ミリシア4000万の命を守る義務があるんです!! たった1人の思い出なんかを優先してたら、国が傾くんですッ!!」
「その程度で傾く国なんて知らないわよッ!! わたしはアルスと親友のこと以外どうでも良い! 為政者が個人に責務を押し付けんなッ!!!」
「押し付けてなんかいません!! 言ってわからないなら––––」
極焔牙爪を解き、代わりに自身の身長と同じだけの焔剣を錬成。
加えて、全身に魔力を纏わせた。
「わからせるまでです!! 竜装––––『極焔竜尾』ッ!!」
大地にクレーターができるほどのパワーで、イリアは跳躍した。
爆炎が空を貫くように伸びる。
「滅軍戦技––––『イグニス・オーバードライブ』!!」
向かってくる灼熱の竜へ、ミライは全身全霊で迎撃を行った。
「滅軍戦技––––『雷轟撃突弾』!!」
魔力を放出し、一気に急降下するミライ。
互いの剣と杖が、空中で先端部を邂逅させる。
さながら超新星爆発のように、輝きと爆発の余波が何重にも広がった。
爆風の中心部で、2人の竜はどちらも譲るまいと声を張り上げた。
「グゥッ––––アアアァァアッ!!!」
「だあああぁあぁああああ––––––––––––ッ!!!!」
魂と血を削っての衝突。
しばらく互角に見えたぶつかり合いだが、数秒してどちらが優勢かは目に見える形で明らかになった。
「……どうやら、あなたは血を出しすぎたようですねっ」
「ッ……!!」
眩い雷光を、紅蓮の焔が押し潰していく。
ミライの出血によるパワーアップを、失血による弱体化が上回り始めたのだ。
「くっそ……!! クソクソクソぉ……ッ!!」
どんなに力を込めても、焔にドンドン押し込まれてしまう。
ダメだった、せっかくここまで頑張ったのに……守れなかった。
悔しさが、己への怒りが溢れ出す。
「ごめん……ッ、わたし。勝てなかった……ッ」
アルスの期待を、ユリアの想いを、アリサの心配を裏切ってしまう。
エメラルドグリーンの瞳に、涙が浮かんだその時だった。
「いいやミライ! お前の勝ちだッ!!」
魔法結界が、“蒼色”に染め上げられた。
否、ただでさえ王城全体を覆う巨大な結界へ、さらに何十倍も大きな魔法結界が重ね掛けされたのだ。
続いて響いた鐘の音は、この世で誰よりも大好きな1人の人間にしか鳴らせない最強の音。
「まさか……ッ!?」
尖塔の窓ガラスが丸ごとぶち破られ、飛び出してきた人影が纏っていたマントを脱ぎ捨てた。
この男こそ、魔法結界と声の主––––
「『身体・魔法能力極限化』ッ!!!」
戦場に現れたのは蒼き最強。
左手に宝物庫より奪還した宝具、『インフィニティー・ハルバード』を持ったもう1人の大怪盗。
王立魔法学園生徒会長にして竜王級––––アルス・イージスフォードが、その右拳を振り下ろした。
「はアァアアッ!!」
昇る猛焔が、蒼色の流星に叩き落とされた。
振り向いたミライは、横に浮く彼氏を見て……痛みも忘れて微笑する。
「っ……! おっそいのよ……バカ竜王」
「悪いな、ちょっと寄り道してた」
「最っ低の彼氏ね、わたしのセリフ全部聞いてたわけ?」
「それ聞くために少し隠れてた」
アルスはシルクハットを脱ぎ捨て、なびく灰髪をあらわにした。
「しっかり聞こえたよ、この勝負––––1人じゃない。“俺たち2人”で決めようッ」




