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第355話・覚醒

 

「危なかったですね……、合体魔法なんて食らったら流石のわたしでも負けてたかもしれません」


 まだ硝煙の燻る銃を、イリアはマントに格納した。

 そして倒れたミライから、視線を横へ動かす。


「さて、そろそろ終わりにしますか」


 屋根を蹴ったイリアは、神速でアリサの眼前へ着地した。

 赤い瞳が、チラリと覗く。


「よくも……ミライさんをッ!!」


 親友を撃たれた怒りで、アリサの髪と瞳が紫色の強い輝きを放つ。


 全力の体術を繰り出すが、イリアは涼しい表情で乱打をかわし切った。

 決してアリサの攻撃が遅いのではない、血界魔装の“衣”と“鎧”という……覆すことのできない絶対的な差が生んだ現実だ。


「宝具を持たないあなたに用はありません、あっちで寝ててください」


 アリサの呼吸が止まった、否––––強制的に止めさせられた。

 同時に、口から胃液を吐き出させられる。


「ゲボっ!?」


 腹部に打ち込まれた焔付きの強烈な蹴りが、小石のようにアリサを吹っ飛ばした。

 庭園を抉りながら転がった彼女は、大きな音を立てて分厚い城壁に激突する。


 崩壊した建物の瓦礫が、倒れたアリサに覆い被さった。


 ––––フッ––––……。


 紫色だった髪が、元の銀髪へゆっくり戻る。

 ミライ同様、気を失ったことで変身が解除されたのだ。


「……じゃあまずは雷轟竜の宝具から頂いて––––」


 血塗れで倒れるミライから宝具を奪おうとするが、イリアは即座に中断。

 全速で突っ込んできたユリアの剣撃を、障壁で防御した。


 それでも尚、10メートル押し込まれる。


「迂闊でした……!! わたしの人生最大の失態です」


「勝負は決しました。これ以上無駄な血は流したくありませんので、大人しく宝具を渡してください」


「誰がッ!!」


 先程と同じように、『土星共鳴震』を繰り出そうとしたユリアだが––––


「グゥッ……!?」


 天地がひっくり返ったような激しい眩暈が、彼女に膝をつかせた。

 同時に、『魔法結界』が大きく揺らめく。


 それを見たイリアは、焔の爪を錬成し直した。


「あなたとわたしはほぼ互角……いえ、ひょっとしたらユリアさんの方が僅かに技量が上だったかもしれません。ですが––––」


 周囲を見渡したイリアは、未だ目の焦点が定まらないユリアへ告げる。


「ここまで広大な『魔法結界』を張りながらの戦闘では、長期戦になるほど魔力が枯渇するのも道理。もう今のあなたでは、他の魔法なんてとても発動できないでしょうね」


「ッ……!」


 それでも、ユリアは結界を解除しない。

 何故なら……今ここで解除すれば、この惨状が修復できないからだ。


 アルスと約束したのだ、城や部外者はわたしが守ると。

 なんとか瞳に光を宿し、ユリアは最後の行動に出た。


「ブラッドフォード書記ッ!!!」


 渾身の力で叫ぶ。

 気絶してようが関係ない、ユリアはありったけの想いを託すように呼び掛けた。


「貴女は会長と対等な関係になると、以前そう誓い合ったのでしょう!?」


 返事が無くても構わない。

 届ける先は耳じゃない、心だ––––!


「竜王級アルス・イージスフォードと対等になろうという方が、たった1発の銃弾で何を倒れているのですかッ!! せっかく会長に修行してもらったのに––––こんな結末で良いんですか!?」


 届け––––!


「嫌なんだったら見せてくださいよ!! 誓い合ったのなら示してくださいよ!! 会長から頂いた物1つ守れない女が––––対等だなんて笑わせる! 立って、立って守り抜いてくださいよ!!!」


 届け––––ッ!!


「貴女は––––世界一の天才であるこのわたしが選んだ、誇りある生徒会の書記なのですからッッ!!!!」


 城壁に声が反射した。

 響いたそれを聞いて、イリアは爪を振り上げる。


「今さら何の鼓舞演説ですか? もう彼女の変身は解けています。そんなご都合的な奇跡なんて––––」


 喋っていたイリアの頬に、静電気が走った。

 頬だけじゃない……全身、いや。


「王城中に……、何!? この静電気はッ! 確かに雷轟竜は血塗れで––––」


 目を向けた先、“大量の血”を滴らせながらミライが両手を地面について起き上がろうとしていた。

「ありえない!」と困惑する怪盗に、ユリアは笑って見せる。


「ご都合主義の奇跡なんて、わたしも最初から期待していませんよ。信じるのはただ––––必然だけです」


「必然……!?」


「えぇ、貴女は王族故に無条件で血界魔装を極められた。だから……知らなかったですよね?」


 歯を食い縛りながら立ったミライから、徐々に電気が放電される。

 死にかけだった瞳が、ゆっくりとエメラルドグリーンへ染まっていく。


「血界魔装が……なぜ“血”なのかを」


「ッ!!?」


 王城上空で、目が潰れそうな程の光が発生した。

 光源から一直線に落ちてきたのは、真っ白なイナズマ。

 莫大なエネルギーを乗せたそれは、ミライへ直撃した。


 それは、大怪盗イリアが変身した時と同質のもの––––


「貴女はいつも遅いんですよ……、ブラッドフォード書記」


 雷轟が鳴った後……、姿を現したミライの姿は一変していた。


 ポニーテールの髪は、茶色を超えてシャンパンゴールドへ。

 全身をイリアとは似て異なる幾何学模様が覆い、加えて激しいスパークを纏っている。


「ごめん……エーベルハルトさんの言う通り。アイツから貰った宝具1つ守れない人間が、アイツと対等になんてなれる訳無いわよね」


「あり得ない……! その姿はっ!」


 動揺するイリアの眼前から、ミライは予備動作なしで消えた。


「ゴフッ!?」


 直後に、イリアは腹部へ足裏をめり込まされていた。

 理解するより早く雷の音が響き、そのまま城の壁へ叩きつけられる。


 ユリアの横へ来たミライが、ニッと微笑む。


「ありがとう、アンタのお叱り––––しっかり聞こえてたわ」


「……フフッ、良かったです。ならわたしは結界の維持に全力を使うとしましょう」


「お願い」


 座り込んだユリアに変わり、瓦礫を燃やし尽くした怪盗へミライは立ちはだかる。


「さぁ来なさい、自称正義のスーパー大怪盗。こっからは––––わたしが相手よ」


 血界魔装––––『雷轟竜の鎧』へ変身したミライは、ペン型魔法杖を構えた。


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