第352話・アルスVSベリナ
「ッ……!!」
今にも漏らしそうな顔で、ベリナは周囲をキョロキョロと見渡す。
当然だが、もう他に助けてくれる者などいない。
「なんのトリックだ……!」
「プロパガンダの次はトリックか、もちろん––––種も仕掛けもございません」
「ふざけんなッ!! そもそも『魔法結界』の中を魔力無しで動き回れる筈がねぇ! お前はただの雑魚野郎だ!! 他に理由はねぇっ!!」
未だに現実逃避も甚だしいベリナへ、俺は冷酷上等で真実を告げる。
「確かにお前の言う通りだ、魔力ゼロの人間は通常『魔法結界』の中を動けない。その人間が“普通”ならな」
「っ、何が言いてぇ!」
「とっくに気づいてるんだろ? そんな常識外れなことができてしまう……唯一の等級があるのを」
苦虫を噛み潰したような顔で、ベリナは忌々しげに呟いた。
「“竜王級”……ッ」
「正解、じゃあご褒美に見せてやる」
俺はポケットから遂に取り出した、『マジタミンΩ』の蓋を開ける。
「竜王級が––––竜王級と呼ばれる所以をな」
一気に飲み干す。
強烈な炭酸に似た感触が喉を通った後、身体中を電流が走った。
上限値を超えた急激過ぎる勢いで、空っぽだった魔力が完全復活する。
俺は目を見開き、両拳を握ったまま溢れ出る力を爆発させた。
「『身体能力強化』ッ!!」
変身の余波で宝物庫は大きく揺れ、俺の立っていた床が円形状にヒビ割れる。
いつもより激しく燃え上がる金色のオーラが、怯えて動けないベリナを照らす。
今初めて、彼女は俺の真の力を目にしたのだ。
「ほら、プロパガンダなんだろ? サッサと倒してみてくれよ」
「ぁッ…………」
「ん? どうしたよ……あぁそうか。こういうのは悪役の方が先に仕掛けるべきだよな、気づかなくて悪い」
未だ口を開けて動かないベリナへ神速で肉薄し、真下から突き上げる形で拳を腹へ叩き込む。
「があぁッ……!!?」
衝撃波が遅れて広がる。
弾丸のように真上へ吹っ飛んだベリナは、全身で天井に激突した。
拳の入った部分は、呆気なく鎧が砕け散っている。
「おえぇッ……!!」
大量の血を吐き出したベリナは、崩落した天井と一緒に落下。
無様に床を這いつくばる姿を見て、俺は一言告げる。
「おいエセ近衛」
「ッ!!?」
右腕を掴んで持ち上げると、ベリナの顔を対面に来させた。
「お前のことを少し調べさせてもらった、なんでも近衛庁の記録じゃ過去最高の成績らしいじゃないか」
「ゲホッ……そうだ! 俺が本気を出せばお前なんか……!!」
ベリナはすぐさま腰の剣を左手で抜き、無駄に大声を出しながら俺の首筋へ刃先を突き立てた。
––––ギィンッ––––!!
甲高い音が、虚しく鳴った。
攻撃強化エンチャントの付いた剣は、俺の纏う魔力オーラを全く突破できず、無惨に折れてしまう。
先っぽの無くなった剣を持ち、ぶら下がりながらベリナは脱力した。
「嘘……だろっ」
「嘘じゃない、これが俺とお前を隔てる……どうしようもない絶対的な差だ。そんでもって、お前がエセ近衛と呼ばれた理由でもある」
ポケットの中のノイマンが、くぐもった声で口開いた。
『ベリナ・ハーゲン、あなたの経歴には軍学校卒業から近衛大隊長へ至るまで、無数の改ざんを行った痕跡がありました』
「改ざ……ち、違う……俺は実力で近衛大隊に入って––––」
『いいえ、全て嘘です。あなたの本当の成績は軍学校順位500位中410位、指揮能力に至ってはもはや壊滅的評価ですね』
「ふざけんなッ!! 黙れ! 黙れよッ……!!」
『黙りません、正直……よくこんな評価で竜王級のことをエセなどと呼んでバカにできましたね。ハッキリ言って理解に苦しみます』
ノイマンの暴露で、もはやベリナは涙目状態だった。
必死に抵抗するも、ただ少し強いだけのヤツが俺の拘束から逃れられるはずもなし。
それにここで許すほど、俺は不正者に対して甘くない。
「アガッ!?」
ベリナの顔面を掴むと、目一杯の力で床に叩きつけた。
上半身が剥き出しの地面に埋まる。
「人に平気で暴言を吐く人種ってのは、決まってパターンがある」
俺は彼女が持っていた刃先の無い剣を拾い、そのまま開いていた口へ突っ込んだ。
口内にじんわりと血が滲む。
「ハガッ……がっ!?」
「自分の置かれた醜い境遇を理解しつつ、けれど努力して変える力も度胸も無いから……暴言という楽な手段で他人を下げ落とそうとする」
「あっ……ぐぁ! ゆゆ……してッ!」
「『神の矛』時代––––お前のような人間は無数にネット上にいた。自分の負い目を他人に被せて、ひたすら現実逃避するクソ野郎」
「やがッ……! しいたくないッ!!」
「ッ!!!」
剣を抜き、ベリナが一瞬安堵の顔を見せた瞬間––––俺は金色のオーラを纏った拳を、彼女の顔面へ落とした。
宝物庫全体がヒビ割れ、地面が陥没する。
失神したベリナの顔を中心とする歯と舌は、壊滅的なまでにボロボロとなった。
「吐いた暴言はいずれ、形を変えて自分に返ってくる。数ヶ月……マトモに喋れない苦しみを噛みしめろ。まぁその時はもう––––」
先へ進んだ俺は、最奥にある歪んだ鉄扉を蹴り開けた。
「今の美味しい地位に、お前はいないだろうがな」
説教に時間を使い過ぎた、急いで宝具を回収しないと。
上方では、強大な魔力のぶつかり合いが発生していた。




