第350話・王城宝物庫侵入
赤いイカヅチが落ちる。
庭園から爆発音が轟くと同時、王城中に『魔法結界』が展開された。
いよいよ始まったのだ、みんなと……大怪盗イリアとの決戦が。
「さて、じゃあ俺もそろそろ行くか」
尖塔の上で座っていた俺は、ゆっくり立ち上がった。
マントが風にはためく中、ポケットに入れていたミニタブから声が漏れ聞こえる。
『あなたは加勢に行かなくて良いんですか? 竜王級』
声の主は人間ではない。
自称スーパーAIにして、未だに図々しくも俺のタブレットに住まう人工知能ノイマンだった。
「今は必要ない、皆なら必ず時間を稼ぎ切ってくれる」
『それは……自信ですか? それとも信頼ですか? 相手は真の血界魔装を有した大天使級……そして一国の王女なのですよ』
「何が言いたい?」
『私自身あまり言いたくはないですが、先の戦闘データを見る限りとても無事で戦える相手ではありません。やはり全員で挑んだ方が––––』
ズボンの上からタブレットを叩き、心配性なスーパーAIを黙らせる。
「大丈夫だよ、今回はユリアもついてるしそう簡単にはやられない。たとえ相手が鎧クラスの血界魔装でもな」
『ですが……』
「心配すんな、それに……今回はまた1つ“奇跡”が起きるかもしれない。だから俺が現場にいたら逆に妨げになるんだよ」
『奇跡なんて……予期しない偶然のことですよ。私にとって奇跡とは目に見えない期待と結果です。空論で彼女たちを殺すつもりですか?』
声に若干の怒気が混じる。
ノイマンは、ミライたちの手によってルールブレイカーから解放された。
彼女にとって、ウチの生徒会役員たちは生涯の大恩人。
だからここまで心配しているのだろう。
「そうだな、奇跡じゃお前には伝わりづらい。訂正しよう––––奇跡じゃない。俺が待っているのは“必然”だ」
『必然?』
「お前を自己肯定するものは、計算と論理によって導き出された純然たる変動予測内の結果だろう? ならば起きるのは奇跡じゃない、確約された必然だ」
『では結果は既に、決まっていると?』
頷いて見せる。
「だからこそ俺は宝物庫へ向かう、戦うなら最高のタイミングで参戦する。それこそ––––俺の望む必然だからだ」
尖塔から飛び降りる。
耳元を風切り音が荒び、マントが大仰に伸ばされた。
『なるほど……そこまで言うのなら、彼女たちの恋人である竜王級の言葉を信じましょう』
「あぁ、始めてくれ」
『了解、バックドアにアクセス––––1分間セキュリティを無効化します』
土埃を上げて着地。
全力疾走で向かうは、さっき偵察した宝物庫への入り口。
ユリアの張った魔法結界もあってか、人に遭遇することなくすぐに到着。
ミニタブを扉へ近づけた。
『全セキュリティ解除、今です』
「よっ!」
思い切り蹴り開ける。
中は地下へと続く階段が伸びており、非常用の照明が付いていた。
躊躇せず飛び出し、猛烈な勢いで駆け下っていく。
『トラップセキュリティ再起動まで、あと30秒』
「そのままカウントダウンしてくれ、止まらず行くぞ!」
マントをなびかせ、鍛えた脚力で風のように階段を走り降りる。
やがて先の方に、1つの扉が見えた。
『セキュリティ再起動まで、あと10秒!』
「おっらアァアアッ!!」
体当たりの要領で、ロックの解除された金属扉を押し開けた。
少々肩が痛かったが、無事にトラップエリアを抜けて広々とした空間に出る。
白色基調のそこは、最奥にバルコニーのような2階と両側に階段。
様々な銅像や、飾られた武器の数々。
さらに––––
「……テメェ、一体どういうつもりだ」
部屋の中央に陣取っていた近衛大隊長ベリナが、苛立たしげに俺を睨んだ。
隣には、紺色の鎧へ身を包んだカルミナの姿もある。
他には兵士が少々、まぁ予定通りだ。
「どう言うことも何も、予告通りお宝を頂戴しに来ただけだが? 近衛大隊長殿」
「ふざけてんじゃねえぞっ、ここは国家の所有物をしまう宝物庫だ。テメェみたいな無能のクソガキが来るところじゃねーんだよ」
「国家の所有物……たとえそれが、人から強奪した物でもか?」
「関係ねぇよ、知ってっか無能竜王級? 国の関わる犯罪は罪にならねーんだよ。他人の宝具だろうが国が絡めばお前ら少市民は泣き寝入りするしかねぇんだよ」
笑みを見せるベリナの指示で、近衛騎士たちが一斉に剣を構える。
生々しい金属音が響いた。
「国家ぐるみの犯罪は罪にならないか……」
「そういうことだ、おいお前ら––––こいつは不調法にも王城の宝物庫で盗みを働こうとする国賊だ! 元々プロパガンダに過ぎないエセ竜王級なんざもういらねえ! 斬り捨てちまえッ!」
3人の近衛騎士が襲い掛かる。
すかさず飛び上がった俺は、渾身の蹴りを回転しながら放った。
狙った部位は首。
初速だけ良かった連中はその勢いが返って仇となり、攻撃をかわすことも出来ずノックアウトされた。
「なっ!?」
「あらっ」
一歩仰反るベリナと、剣に手を伸ばすカルミナ。
着地し、俺は顔をゆっくりと上げた。
「国家ぐるみの場合は犯罪にならない、じゃあ––––俺も遠慮容赦なくやれるってことだな」
「ッ!!」
「強奪した宝具、強奪でもって返してもらうぜ」
顔を一気に歪ませたベリナは、紫色の髪を荒くなびかせながら叫んだ。
「殺せッ!!」
殺せるもんなら––––
「殺してみろよ、エセ大隊長」




