第349話・お縄の時間
––––深夜2時 王城寝室ミライの部屋。
時計の針の音以外何も響かないこの空間は、まさしく静寂に包まれていた。
膨らんだベッドの脇に、ミライの愛杖であるペン型アーティファクトが立て掛けてある。
何も起きそうにない静かな寝室で、最初に発生した異変は窓だった。
––––ジッ、ジジッ––––
月明かりを通していた窓ガラスが、高温のレーザーカッターによって丸型に切られていく。
やがて一周した焔は、ガラスに殆ど無音で人が通れる穴を空けてしまった。
くり抜かれた穴から、白色のマントを下げた少女が音もなく侵入する。
「…………」
少女はまず最初に、膨らんだベッドを見つめる。
人が1人分詰まっているだけの膨らみを確認すると、静かにペン型アーティファクトへ向かっていった。
「ごめんなさい、でもこれは……どうしても必要なことなんです」
ゆっくり手を伸ばし、今まさに杖を握ろうとした瞬間だった。
「ッ!?」
白い袖に覆われた腕が、ベッドからガッチリ握られたのだ。
「ごめんで済むなら、警察っていらないのよ?」
思わず顔を向ける。
そこには、狸寝入りをしていたミライがしたり顔で見上げていた。
「このっ!!」
すぐさま腕を振り払って後退するが、逃げた先には中身の抜かれた洋服棚。
観音扉のそれが、勢いよく開いた。
「いけぇッ! エーベルハルトさん!!」
気配を完璧に殺し、小柄な身体を活かして隠れていた最強の魔人級魔導士––––生徒会副会長ユリアが飛び出した。
「なっ!?」
「お縄の時間ですよ、大怪盗イリアさん」
回避する暇すら与えられず、イリアは具現化されたハンマー状の宝具で思い切り殴り飛ばされた。
ガラスを壁ごとぶち破り、彼女は空中へ放り出された。
もちろん。これで終わりではない。
さらなる追撃が怪盗を襲った。
「滅軍戦技––––!!」
隣りの部屋から外へ飛び出したのは、血界魔装に変身したアリサ。
物音を合図に、アルスの指示通り窓を蹴破り肉薄したのだ。
「『追放の拳』!!!」
強烈な魔壊の拳が、イリアを空中から殴り落とす。
庭園の花々が散り飛び、地面が大きく砕けた。
「もう好きにはさせないよ、大怪盗さん」
着地したアリサの先で、砂塵が晴れる。
「いったたぁっ……参ったわね、完全に待ち伏せされてるじゃない。よっ!」」
立ち上がったイリアは、直上から襲ってきた雷の乱打を素早く回避した。
『雷轟竜の衣』へ変身したミライが、高速でイリア目がけて突っ込んだ。
雷と焔が、激しく鍔迫り合う。
「久しぶりね! 正義のスーパー大怪盗!」
「久しぶり、雷轟竜さん。ちょっと出鼻は挫かれたけどまぁ良いわ––––竜王級は予想通り出てこないみたいだし」
杖による斬撃をアッサリかわしたイリアは、ミライの制服を掴むやそのまま地面へ叩きつけた。
「あぐっ!?」
「あなたの宝具、頂戴させてもらう」
すぐ杖へ手を伸ばすも、それが届くことはない。
「「はっ!!」」
アリサとユリアによる同時攻撃が、イリアを激烈な衝撃で弾き飛ばした。
軽い身のこなしで体勢を立て直した後、彼女は軽く舌打ちする。
「あー……辛いわね、できれば穏やかに済ませたかったんだけど」
ユラリと立ったイリアから、火の粉が舞い上がり始めた。
同時に、周囲の気温が上昇していった。
「非殺傷で華麗に盗むのって、やっぱり性に合ってなかったかしら……。これでも正義のスーパー大怪盗なんだし雰囲気は大事にしたかったんだけど」
立ちはだかる3体の竜を見て、イリアは理想の計画を打ち捨てる。
「やっぱ、こうするしか無いわよね」
「ッ!! アリサっち! ブラッドフォード書記!!」
2人の前に出たユリアが、すかさず障壁を展開した。
ニヒルな笑みを浮かべるイリア。
直後だった––––
––––キィイイインッ––––!!!!
響く甲高い音。
星々の見える快晴の夜空から、1本の赤いイカヅチが降ってきた。
落下したそれは膨大なエネルギーを乗せて、イリアに直撃する。
「やはり来ましたか……」
衝撃波が庭園や城壁を破壊する瞬間、ユリアは障壁と合わせて『魔法結界』を展開。
激しい焔の乱流から、全員と王城を守った。
やがて火災の中から現れたイリアは、豹変した姿を見せる。
全身を幾何学の紋様が覆い、髪はシャンパンゴールドから赤色へ。
瞳も真っ赤に染まっていた。
「血界魔装––––『極焔竜の鎧』」
今この時をもって、作戦は開始された。
真なる血界魔装を持つ相手に、3人でどこまで戦えるかは未知数。
しかし引くことなどできない、アルスが宝物庫へ行ったことを悟らせないために。
ヤツは––––ここで倒す!
『インフィニティー・オーダー』を2刀短剣モードに変更し、前に出たユリアは本気で眼前の竜と相対した。




