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第347話・動き出す大天使

 

 大天使ミニットマンはこれ以上なく不機嫌だった。

 理由は1つ、思惑が完全に外れてしまったからだ。


「……それで? 王女の首はおろか何の戦果も得られなかったわけ?」


 まだ所々ヒビや破損が目立つ玉座の間、最奥のカラフルな椅子に座った蒼髪の少女は、不機嫌さを隠さずに飴を噛み砕いた。

 ガリガリと、乱雑な咀嚼音が響く。


「どうもそのようですね、まさか精鋭の第101小隊がやられるとは」


 応対するこちらの男は、ミニットマンの侍従(じじゅう)にして大天使––––アグニだった。

 背の高い執事然とした彼もまた、今回ばかりは主人の様子に汗を流す。


「原因は?」


「例の竜王級率いる王立魔法学園生徒会が、直接戦闘に介入したようです」


「竜王級は事前の情報だと、確か魔力切れじゃなかったかしら? 天界旅団と交戦できる余力なんてないはずなのに……」


 最後の一欠片を噛み砕く。

 甘い後味が、薄く感じるほど嫌な気分だった。

 これではまるで、意気軒昂に仕掛けながら返り討ちに遭った無能ではないか。


 大天使としてのプライドを、完全に傷つけられた屈辱さが彼女を苛立たせる。


「いえ、竜王級自身は一切戦っておりません。101小隊はヤツを除く3人の生徒会役員たちによって全滅させられました」


「はぁ!? 101小隊は古代帝国戦争の時、地対空ミサイルを相手に無双したSEAD(防空網制圧)部隊よ!? それが竜王級でもないたった3人のガキにやられたわけ!?」


 声を荒らげるミニットマンは、蒼髪を大きく揺らした。

 その苛立ちを体現するように、追加の飴を口に放り入れた。


「おそらく竜王級は、最初から戦うつもりすら無かったものかと……我々の攻勢は、完全に予期されていました」


 まだ球体だった飴玉が、強引に噛み砕かれた。


「良いわ、101小隊がやられたことは事実……わたしの判断ミスよ。【天界】にはわたしの責任だと伝えなさい」


「ミニットマン様……」


「でもこれで終わりじゃない、だってやられっぱなしじゃ『パーティー』に支障が出ちゃう。アグニ––––即応可能な残部隊は?」


 主人の問いに、アグニは腕を振ってスクリーンを展開することで答えた。


「1個大隊はすぐに動かせます、ですがこれを今すぐ王城に送り込むのは得策ではありません……。それに」


 アグニの金眼が、ミニットマンを見つめる。


「先の核攻撃によって、神力の補給源が減少しました……あまり無駄に神力を使えば、“余所者”に過ぎない我々はただの––––」


 彼の言葉は、一際大きな咀嚼音によって掻き消された。


「アグニ、今のは聞かなかったことにしてあげる。だから次の命令を与えるわ」


「はっ」


 失言に気がついたアグニは、恭しく頭を垂れる。

 同時に、それまで全く動かなかったミニットマン本人が椅子から立ち上がった。


「王女暗殺は一旦保留とする! 動員可能な兵を率いて今すぐ古代帝国跡地のアーティファクトを回収しに向かうわ」


「了解いたしました、して……誰をどこに派遣しますか?」


「そうねぇ……、アンタは第6中隊を率いて恒久都市【ノクターン】の遺跡へ向かいなさい。わたしは––––」


 一歩踏み出したミニットマンは、背中から純白の翼を広げた。


「探求都市【スケルツォ】へ向かう、護衛はいらないわ––––周りをチョロチョロされると邪魔になっちゃう。久しぶりね、外に出るのは」


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