第333話・近衛大隊長ベリナ、カルミナ
尖塔と赤煉瓦の装飾、石造りで彩られた超巨大建造物はまさしく圧巻の一言だった。
ここがミリシアの中枢、聖域であり政治決定がなされる王の城。
いつも遠目に見えているだけだったが、周辺の庭まで含めてこんなに広いとは……。
「今さらながら緊張してきたな……」
数多ある部屋の一室で予定時間を待つ俺たちは、まるで都会に出てきた田舎者のようにあちこちを興味津々に見て回った。
ソファーに座って腸を押さえる俺に、周囲から賑やかな声が響き渡る。
「アルス見てこれ! こんな綺麗な調度品初めて見たわ!」
「凄いよアルスくん! この紅茶めっちゃ高い葉っぱ使ってる!! 母国のキールじゃこんなの売ってないよ!」
ミライとアリサは、見てわかる興奮ぶり。
普段絶対に来れない場所だけに、全てが新鮮なようだった。
一方で––––
「っ。うぇっぷ……」
対面に座る貴族令嬢ことユリアは、今にも吐きそうな顔で俯いていた。
「おい、大丈夫か……?」
「だ、だいじょぶです……。こんな天上どころか成層圏より上の世界来たことなくって、陰キャのわたしはどうも慣れるのに時間が掛かるようです……」
「そういえばお前、ファンタジア・ツリーのホテルでもそんな感じだったな……。背中さするよ」
「す、すみません……」
ミライとアリサは、何気に環境適応が早いタイプだ。
けれどユリアは、部屋に置いてあった入学時の写真を見た限り、どうも慣れない環境が苦手な節がある。
「無理すんなよ、これから謁見なんだしちょっと休め」
俺にできることは、彼氏として恋人ごとの特性をしっかり把握して、必要なケアを必要なタイミングですること。
そんな感じでユリアの背中をさすっていると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
マスターか? 予定には早過ぎると思った矢先。
部屋に入ってきたのは2人の鎧を着込んだ女性だった。
「こいつらが救国の英雄か、なんだ……思ったより全然ガキじゃねえか」
開口一番そう言い放ったのは、紫色のショートカットを揺らした気の強そうな女性。
豪奢な鎧の色も、合わせたような同色だった。
「これこれベリナ、一見田舎者のように見えてもアイリ殿下がお認めになられた学園の生徒会ですよ? 芋臭さくらい我慢しなさいな」
諌め口調で片方をベリナと呼んだ女性は、紺色の髪とこれまた同色の鎧を着込んでいた。
「っつてもよぉカルミナ、こんなガキ共がルールブレイカーを倒して国を救ったなんざ、本気で信じてんのか? どうせ政府のプロパガンダだろ」
嘲笑しながら、こちらを一瞥するベリナと呼ばれた女。
部屋に入った途端の罵詈雑言に、真っ先に反応したのはアリサだった。
さっきまでとは一転、低い声で聞き返した。
「……なに? アンタら。ずいぶんと言ってくれるじゃん」
「あぁ怒んないでよ銀髪ちゃん、別にバカにしてるわけじゃないぜ? ただちょーっとミルク臭いと思っただけで、来賓に対するリスペクトは忘れてねーぜ?」
「……タブレット貸してあげるから、リスペクトの意味を今すぐ調べなよ。“おばさん”?」
「ハハッ……言うじゃねーか、アイリ殿下とポーツマス大佐が認めたっつーから、どんなのか見にきてみりゃ……。とんだ期待外れだ、ガッカリだぜ」
あの鎧、そしてこのデカい口調……思いつくとすれば1つ。
「あんたら、近衛連隊の騎士か?」
俺の問いには、紺色の鎧を着込むカルミナと呼ばれていた女が答えた。
「えぇそうよ、私は第1近衛大隊 大隊長を拝命するカルミナ。こっちの粗暴な方はベリナ、第2近衛大隊長を務める王国屈指の剣士でもあるのよ」
––––最強の剣士ね〜……以前俺の上司というか、ギルドマスターがまさに剣聖という称号を背負って爆死したのを思い出す。
立ち上がった俺は、今にも襲い掛かろうとせんアリサの前に足を運んだ。
「ウチの彼女をあんまり悪く言わないでくれるかな? まさか神聖な王城で決闘でもしようってんじゃないだろう? 近衛大隊長さん?」
「そりゃそうだ、そもそもよぉ。どうせ政府のプロパガンダで祭り上げられたガキに俺たちゃ負けやしねえよ」
「ずいぶん自信があるんだな、とてもマスターの部下とは思えない」
「当然よ、わたし達はあの大英雄グラン・ポーツマス大佐の真の部下。近衛連隊でも実力はトップだもの」
不敵に笑うベリナとカルミナ。
俺は背後を気にしながら、表情を変えずに扉へ目をやった。
皮肉に気づけもしない連中など、相手をするのも時間の無駄だ。
「そりゃお手上げだな、最強の近衛騎士さんならなおさらだ」
「わかってんじゃねぇか竜王級、お前の謙虚さは俺の器量に免じて認めてやるよ。せいぜいアイリ殿下に無礼を働かないことだな」
捨て台詞を吐き、ガシャガシャと退室するベリナとカルミナ。
俺はゆっくり席に戻った。
「みんなよく耐えた、ありがとう。おかげで我が王立魔法学園生徒会の誇る威厳は守られた。犬っころと喧嘩するほどウチは低俗じゃないからな」
眼前のソファーで俯いていたユリアが、ゆっくりと顔を上げた。
瞳には恐ろしく、冷徹な覇気を纏っている。
「ベリナとカルミナでしたか、脳内シミュレーションで互いに7回ずつは殺せました。首に剣を突き付けるだけなら数十回猶予がある無防備さでしたね」
「さすがユリ、わたしは3回ずつだった」
「わたしも3回」
各々シミュレーションの感想を言い合う、血の気の多い彼女たち。
予想外の来客だったが、”今“騒ぎを起こすべき時ではない。
だがまぁ……。
「1つ楽しみが増えたな、近衛大隊長か……」
俺は頬を吊り上げる。
「我が生徒会は寛容だ、しかし俺の彼女を罵倒した罪は重いぞ。ベリナにカルミナ」




