第332話・王国近衛総連隊長 グラン・ポーツマス大佐
「なんか隠してるなとは思ってましたけど、まさかここまでお偉いさんでしたとは」
王都の大通りを極めて安全な運転で走る車中で、俺は助手席から呟く。
隣でハンドルを握るマスター……いや、王国近衛連隊 総連隊長殿は快活に笑った。
「隠してたのは悪かったと思っているよ、たとえ半分バレていたとしてもね。どうか許してくれ」
「良いですよ。赤字丸見えの喫茶店にしては、時給良すぎて“ここ普通の喫茶店じゃない”って察してたんで」
俺の声に、マスターもまた笑みをこぼす。
「正式に立場を得たのは2年程前になる、ラインメタル大佐の部下から貰った助言で、喫茶店ナイトテーブルを設立した時だったかな」
思い出を振り返りながら、マスターは服装以外いつもと変わらぬ様子で語ってくれた。
「1人の客が来てこう言った。救国の大英雄を腐らせるわけにはいかない、そろそろ国家に仕えてみるのはどうか……とね」
「それが……アイリ王女だったんですか?」
後ろの席のミライが、シートベルトを伸ばしながら前のめりになる。
「あぁ、当時のことはよく覚えているよ。訪れたアイリ王女殿下は店を見渡すなりすぐ言った」
『この店は……誰か、貴方が待ち人を迎えるためのものでしょう? だったら、何がなんでも存続させないといけませんよね』
大英雄は再び笑った。
「全く見事に見透かされた、今思い出してもあの方には勝てないと思うよ。アイリ王女の助けがなければナイトテーブルは半年も経たずに潰れてた。そしたら––––」
同じく後ろに座っていたユリアが、ミライを引っ張り戻しながら代わりに答える。
「会長を……。竜王級アルス・イージスフォードを迎えられなかった」
「だろうね、そうなればあの日ミライちゃんとアルスくんは出会わず、ユリアちゃんやアリサちゃんとその後出会うことも無かった。僕の使命はあの日、あの場所で––––アルスくんを迎えることだったんだよ」
あの日……っと言うのは、俺が『神の矛』を追放された日のことだろう。
確かにあそこにナイトテーブルが無ければ、俺は今と全く違う人生を送っていたのかもしれない。
じゃあ––––
「マスターやアイリ王女は、俺があの日店に来ることをわかってたんですか?」
大通りを抜け、王都北部の王政府エリアに入る。
海抜600メートルを誇るファンタジア・ツリーにも負けない、超巨大な王城が間近まで迫った。
「いいや……確証などなかったさ、単純に傾向の問題だ」
「傾向……つまり?」
俺の問いに、マスターは正面から目を離さずに答える。
「僕にナイトテーブル設立のきっかけをくれた人もまた、過去理不尽に追放されて喫茶店を訪れた。だから次来る人もまた……きっと理不尽な目に遭って喫茶店に来るかもしれない、という単純な憶測だ」
つまり、根拠など無いということか。
けれど……そんな那由多の果てを掴むような確率を、マスターは引き当てた。
いや、俺もまた……あの日“導かれた”のだろう。
これは、全て必然だ。
「近衛総連隊長のグラン・ポーツマス大佐だ、ゲート開け! ご来賓を迎え入れろ!!」
マスターの声で、眼前に立ちはだかっていた巨大な門が、軋む音を立てながらゆっくり開く。
車列は川を見下ろす長い橋を渡り目的地へ辿り着いた。
通常では絶対訪れることができない、まさしく天上の世界。
この王国の最終到達地点––––
「ようこそ皆んな、ここがラロナ大陸一の大国、ミリシア王国の中枢–––– 【フォールティア王城】だ」




