第329話・初めての負傷と無謀な竜
「あーっ……、右腕が痛だるい……」
ミライとの熾烈極まった公式戦が終わり、着替えた俺は生徒会室の自席へ戻っていた。
結論から言って目論見は大成功、彼女の実力不足という不安要素は払拭されたと言って良い。
薄々感じてはいたが、あそこまで伸び代があると思ってなかったな。
この調子なら、例の大怪盗が襲ってきても大丈夫だろう。
しっかし––––
「右手の感覚がビリビリするな……、これじゃ食事がしづらくてしょうがない」
俺のぼやきは、既にソファーで大量の弁当をリスのように頬張る少女の耳へ吸い込まれる。
おかずをスープで流し込んだ彼女は、肩ごと首を曲げてこちらを見た。
「へーっ、アルスくんもちゃんと人間だったんだね」
「てめぇアリサ、人を怪物のように語るな」
「実際怪物じゃん、アルスくんだって知ってるでしょ?『魔人級』と『竜王級』の間には埋められない絶対的な差があるって」
魔導保温瓶を持ったアリサは、席を立ちながら続けた。
「いくらわたしや天才のユリが最強クラスの魔人級でも、振るえる魔力量はあくまで魔導士としてのそれ。けど竜王級は違うじゃん」
「まーっ、そうだな……」
瓶を俺の机に置き、憎たらしいほど透き通った青目で俺を見つめる。
「身体の耐久力が上位存在以上だから、能力上昇に際限がない。普通の強化系エンチャントが『血界魔装』を優に超えちゃうんだもん。普通にチートだよね〜」
「でも時に傷は負うよ、今回みたいにな」
渡された保温瓶は既に開けられており、中からコンソメスープの良い匂いがした。
「飲んで良いのか?」
「どうぞ〜。あっ、わたしの飲みかけだけど」
「じゃあ遠慮なく」
左手で瓶を掴むと、俺は湯気に誘われるがまま一気飲みした。
舌の上でとろけた濃いスープが、熱々の状態で喉を通る。
たっぷり汗をかいたせいか、はたまたアリサの魔法か……やたらと美味しく感じた。
「ふぅっ……、まぁアレだ。条件が揃えば魔人級でも一矢は報いれるよ。コンソメスープご馳走様」
「っ? あー……」
瓶を回収したアリサは、どこか察したように呟く。
「そういえばアルスくん、徹夜明けの上に最初から魔力半分しか無かったよね……今日。よくそんなんで戦ったよ」
「おかげでもうすっからかんだ、絞ったとして一滴も出ねぇ」
「フーン……」
空の弁当箱を鞄にしまったアリサが、不意に手を止めた。
「今ならわたしでもアルスくんに勝てるかな?」
「やめとけ、後悔するだけだ」
「そっ、でもやらない後悔より––––」
床を蹴ったアリサは、姿勢を低くしながら俺の側面へ一瞬で肉薄した。
「やって後悔っしょ!」
どうしてこう俺の彼女たちは血の気が多いのだろう。
振られた拳を椅子ごとサッとかわすと、俺は足元の床を思い切り踏みつけた。
絨毯に偽装されたそれがひっくり返り、下からM1897ショットガンが飛び出てきた。
忘れてはいまいか可愛い竜よ? 生徒会室は俺が多額の予算を詰め込んで作った武器庫だ。
左手で掴むと、腕を振り切ってガラ空きだったアリサの腹部に向かってトリガーを引いた。
「おぶっ……!?」
短い悲鳴。
1発の轟音が鳴り終わったそこには、ひざまづいて床に顔を付けるアリサが悶絶していた。
たぶん、激烈な吐き気と痛みに襲われているのだろう。
俺は椅子の向きを戻しながら、銃を机に立て掛ける。
「安心しろ、威力の低い非致死性フランジブル弾だ。お前みたいな勝利至上主義者用に常備してる」
「明らかにわたしメタってるじゃん……!」
「魔力無い状態でお前とは殴り合いしたく無いからな、正当防衛だ。許せアリサ」
「グスッ……、わたしもいつかミライさんみたいに腕の1本や2本持ってってやる……!」
「楽しみにしてるよ。とりあえず、せっかく食べたご飯戻すなよ」
「うん……」
やらない後悔よりやって後悔か、でも次は順番的にアリサなんだよなぁ。
なんて思案していると、生徒会室の扉が開く。
現れたのは、ミライを保健室まで運んだ副会長のユリアだった。
その姿はいつもの白い制服ではなく、紺色の体操着だった。
「会長、公式戦お疲れ様でした」
「サンキュー。悪いな、血だらけのミライ運んでもらって」
「いえ、問題ありません。それより凄い出血量でしたけど……ホントにブラッドフォード書記は大丈夫ですか?」
「例のアレ飲ませたんだろ? じゃあ今夜中には回復するさ」
「あぁ……『マジタミンB』ですね、師匠に貰った最後の1本だったのによろしかったんです?」
「魔力無しじゃ入院確定だろ、重傷者優先。それが俺の信条だ」
立ち上がった俺は、自分の鞄を見る。
ミライにあげたヤツより遥かに強力な物はあるが、それを飲むのは今じゃない。
俺たちは明日、王城へ行く。
その時俺は––––“無能”でなければならないのだ。




