第328話・ノイマンVSジーク・ラインメタル大佐
––––在ミリシア、アルト・ストラトス大使館。
強固な鉄製のゲートで守られた先にそびえる星型の建物は、さながら国力を見せつけるかのごとく君臨していた。
手入れされた庭園を望むのは、真っ白な7階建ての建築物。
その要塞と言っても良い建物内で、王国駐在武官ジーク・ラインメタル大佐はデスクに座っていた。
今ここで、1つの戦いが決着したのだ。
「君にやっと会えて嬉しいよ、“ノイマン”くん」
目を落とした先にあるタブレットの画面には、数列からなるプログラムの記号が目隠しされずに横へ流れている。
機械の中から、不機嫌そうな女性の声が響く。
『しくじりました、超AI初の大失態です……。まさか今までの情報が全部トラップだったとは』
「こっちも賭けだったさ、少なくない手札を失っている。恥じることなどないよ」
慰めとも取れる言葉。
しかし大佐の頬は吊り上がっており、全くもって本心ではないとわかる。
遡ること数日前……。
ノイマンが自由に行き来できるユグドラシルのネットワーク空間内に、巧妙かつ複雑なトラッププログラムが地雷のように張り巡らされていた。
天才ドクトリオン博士の傑作たる人工知能ノイマンは、これをすぐさま自分を捕らえるための罠。
そして作成者が国家ぐるみであることも看破した。
『雑な罠……余裕ですね』
アッサリとトラップを無力化した先で、ノイマンはつい好奇心に駆られてしまった。
思えば、これが過ちの始まりだったのだろう。
無力化したトラップから痕跡を辿っていくと、いくつもの外国サーバーを経由してある場所へ辿り着いた。
超大国アルト・ストラトスの、国防省管轄サーバーである。
そこにはいくつもの極秘資料が保存されており、世に出れば大騒ぎ待ったなしの技術情報や軍事機密が眠っていた。
節操なしにそれらを読みふけっていたノイマンは、1つの情報へアクセスした。
『神殺しの国営パーティー、レーヴァテイン大隊』。
なぜかこれだけが、他の情報より際立って強力なロックがなされていた。
しかし、見るなと言われれば見たくなるもの。
ミライから以前受け取ったアーティファクト、『マスターキー』を使って容易にロックを解除。
いざ読んでみて……すぐに戦慄した。
そこに記してあった情報は意図的に要所を添削してあったが、こんなところにあって良いものではとてもなかったのだ。
言うならば世界の禁忌、タブー、触れてはいけない深淵の闇。
“決して世に出てはいけない真の歴史”が書いてあった。
『これは……!』
読み進めていく内に数人の名前が出るが、最も注目したのはこの部隊を率いていた大隊長。
元勇者にして、現在はミリシア王国の駐在武官を務める––––
『ジーク・ラインメタル大佐、ずいぶん機嫌が良さそうですね』
「ハッハッハ、それはそうだろう。撒き餌に引っ掛かった魚を一本釣りできたんだ––––勇者の頬だって緩むよ」
ノイマンがこの男に抱いた最初の感想は、“狂気の権化”だった。
自分をここへ呼び寄せるためなら、超大国がひた隠す世界の禁忌すら撒き餌にしてしまう合理主義の化け物。
アルスが竜王なら、この男は天穿つ凶弾と言うべきだろう。
カメラから映るメガネ越しの碧眼は、まるで底無しの闇のようだった。
『それで、まんまとアナタのタブレットに入ってしまったわたしをどうするつもりですか?』
「どうもしないさ、我々が莫大な国家予算を使って君を破壊するプログラムを組んだって、平気で無力化するだろう?」
『えぇ、もちろんです。でも追跡用プログラムを撃ち込むくらいはしてくるでしょう? 今の状況なら流石のわたしでも防ぎ切れない。それは困ります』
「だろうね。一応私は本国から君を捕らえるか破壊しろと言われている。でもそれじゃつまらない……非合理的で非生産的ですらある」
ラインメタル大佐はタブレットをタップし、不気味な笑みを浮かべた。
ノイマンにはそれが、化け物のように見えた。
「協力しようじゃないか、君と私で……世界に残った“最後の禁忌”に触れるんだ。明日の宣言以降––––世界は再び面白いことになるからね」
『ッ……! 世界の禁忌? 具体的に言ったらどうでしょう』
あぁ、と。
ラインメタル大佐は一言、友人を食事に誘うのと全く同じ口調で言い放った。
「※※を堕とす、全てはそれだけさ」




