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第327話・ポーツマス兄妹の賭け

 

「賭けは僕の勝ちみたいだね、カレン」


 ––––喫茶店ナイトテーブル。


 カウンターでコーヒーを淹れていたマスターこと、大英雄グラン・ポーツマスは、ひょいとショートケーキの乗った皿を持ち上げた。


 大学教授然としたその顔を表すなら、したりと言う表現が相応しかった。


「クッソ、ミライ姉さんの雰囲気的に絶対勝つと思ってたのに……」


 眼前からケーキを取り上げられ、不機嫌そうに呟いたのは椅子に座った亜麻色の長い髪を持つ少女。

 冒険者ランキング第1位にして、王国最強の冒険者。


 そしてアルスの義妹である、カレン・ポーツマスだった。


「でも血界魔装の強化条件……あんな痛々しいものなんて、ちょっと予想外だったわね。マジドン引き、ねぇ? グランお兄ちゃん」


 テーブルに置いてあった魔導タブレットの電源が切られる。

 そう、この2人はアルスとミライの戦いを遠隔から観戦していたのだ。


 演習場中に設置されたカメラへ違法アクセスし、タブレット越しに戦闘を見ていた。


「ならカレンも、早速血まみれになってみるつもりかい?」


「えー……絶対やだ、鎧への強化条件だって言うほど単純じゃないだろうし。そもそもグランお兄ちゃんが許すはずないでしょ?」


「あぁ……断固として許さない、カレンは僕に残った唯一の家族だからね。傷つく姿はあまり見たくないんだ」


「あまりっつーか絶対じゃん、あーキモいキモい。これだからシスコン大英雄はモテないのよ」


 立ち上がったカレンは、腰の剣に手を当てた。

 カチャリと、小気味良い金属音が鳴る。


「ってか大丈夫なの?」


「何がだい?」


「とぼけないで」


 カウンターに詰め寄ったカレンは、いつもより険しい目つきで実の兄を睨みつけた。


「今日の戦いでアルス兄さんの魔力は完全に空っぽ、回復には最低でも3日掛かる。そんな状態で王城へ行かせるわけ?」


「何か不安要素でも?」


「グランお兄ちゃんが知らないはずないでしょ? 王政府の中には竜王級という、国家を凌ぎうる存在へ反発する勢力がいる。わたしが普段から公安に追いかけられてるのが良い証拠だわ」


「彼なら大丈夫だよ、なんの算段もなく無防備になる人間じゃない。きっとまた面白いことを考えてるよ」


「ほんっと楽天家ね……まぁ別に良いけど、わたしは助けに行けないからね? 今日から大仕事始まるし」


 淹れたてのコーヒーに、カレンは大量の砂糖とミルクを投入。

 苦味とは無縁な、コーヒーミルクもどきを作り上げた。


「先週王政府から正式な依頼が来たわ。アルテマ・クエスト4個同時発動、人数制限は特別に撤廃、戦力無制限で古代帝国跡地からアーティファクトを出来る限り回収しろってさ」


「……これはかなり思い切ったな、受けるのかい?」


「もう準備を進めてるわ、既に先発部隊80人が王都を出発してる。わたしは【探求都市スケルツォ】の遺跡に向かうことになってるから、もうそろそろ出ないと」


「やはり……、明日の“宣言”に連動してのことかい?」


「どうかしら、少なくとも王政府が腹を括ったのは間違いないんじゃない? 始まるのよ……新時代が」


 グイッとコーヒーミルクもどきを飲み干したカレンは、ドアに向かってつま先を向けた。


「あと言っとくと、お兄ちゃんやラインメタル大佐が裏で何してようが、わたしは一切関知するつもりないから」


「……すまない、気をつけて行くんだよ」


「わかってる、必ず戻るわ」


 ベルを響かせ、店を出るカレン。

 グランは小さくため息をつくと、空になったコーヒーカップを片付けた。


「っとなると、軍の方も大きく動いてそうだな……。これはルールブレイカーの比じゃないことになりそうだ」


 かつて大英雄ともてはやされた彼の重い呟きを聞く者は、閑散とした店内で誰もいなかった。


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