第324話・雷轟竜の鎧
全身が痛い。
息が苦しくて、でも何故かものすごく眠くて……この小さく開けた目を閉じたら、まるで全部が闇に落ちそうな感覚。
あっ……、そうか。
わたしアルスに負けたんだ……、攻撃を受けて地面に落ちて……どうなったんだっけ。
気になって眼だけ動かして見れば、痛みの中心である右肩から大量の血が出ている。
確かに殺す気でってお互い誓い合ったけど、普通彼女をここまで痛めつけますかね……?
もしかしてアルス……、実は日頃の恨みとか結構あったりしたのかな?
確かに無理言って同人誌描くのお願いしたりはしたけど、でも常識的に考えたらありえなくない……?
「ぅ……ッ、ァ」
って、もうマトモに声も出ないや。
悔しいな〜……、もっと善戦できると思ったのにこれだと完敗じゃん……。
上空で見下ろしてくるアイツが、どこか恨めしく見える……。
“血も大量に出てる”し、血界魔装も解除された。
この後どうなるんだろう……まさか、本当に死ぬんじゃ?
そう思った時、わたしは1つのことに気づいた。
––––そうか、アイツ……本当にわたしのこと好きなんだな。
アルスはキモいくらい自分の彼女が大好きな男だ。
故に、他の誰よりも自分が認めた人間を信じたがる。
アイツはわたしに……何を望んだ?
何を信じて、何に期待した?
わたしは応えられないまま、ここで意識を手放すのか?
「グッ……ゥ!」
違う、違う違う違う違う違う違う!
そんなことをすれば、まさしくアルスに対する裏切りだ。
アイツはわたしを本気で愛している、だからここまでやってくれたのだ。
殺す気で、殺すつもりで戦ってくれたのに……わたしがここで、こんな簡単に力尽きて良いの?
––––全身に電撃が走ったように、キツケとしては十分過ぎる想いが……意識をまどろみから引っ張り出す。
「ガッ……あぁ!!」
ダメだ! そんなの許されない!!
わたしはまだ勝ってない! アルスに傷も付けられてない!
殺す気でって誓い合ったのに、わたしはまだ全然何もできてないじゃない!!
アイツだけにわたしを殺させるなんて、そんな不条理……許しちゃいけないんだ!!
––––立てッ!
「アァアアッ!」
––––立てッ!
「ぐああぁあああああッ!!」
––––立てッッ!!!!
「ガアアアアァアアアアアアアアアアアアア––––––––––––––––––––ッッッ!!!!!!!!!!」
目を見開き、死に際の咆哮を上げる。
見上げた上空で、何かが眩しく輝いて––––落ちてきた。
◆
ミライに起きた事象は、上空からハッキリと見えた。
俺が救護に駆け寄ろうとした瞬間、ミライは竜のような轟砲と呼ぶべき叫び声を上げた。
彼女をビッショリと濡らす血が輝いた瞬間、上空から1本の雷が降ってきたのだ。
ミライへ直撃したそれは、王都に燦然たる閃光と巨大な揺れを発生させた。
「……ッ」
俺はずっと気になっていた。
【血界魔装】とはなんなのだろうと、なぜ“血”なのだろうと。
文字の意味にずっと疑念を持っていたのだが……。
答えは、イカズチの中から現れたミライが示していた。
「やっと、……本気の殺し合いができるな」
見下ろす先で、ミライの姿は激変していた。
髪は輝くに留まらず茶髪をシャンパンゴールドにまで染め上げ、瞳はより強い緑一色へ。
何より、顔から足まで広がった幾何学な紋様が血を吸い込んで光っていた。
結論を出そう––––血界魔装とは、おそらく本来は己の血を贄に竜の力を導く変身だ。
今までのミライは、無傷での変身しか経験がなかった。
だから俺は殺す気で、ミライに大量出血させた。
その結果が––––
「お前の最終到達地点、血界魔装––––『雷轟竜の“鎧”』か」
真なる血界魔装。
境界線上の最果て。鎧の領域、大怪盗イリアが見せたものと同列の変身!
さっき落ちてきた雷も、ファンタジアで見たことがある。
あれはただの雷ではなく、真の血界魔装を雷に乗せて運ぶ舟の役割を持っているのだろう。
「はあアァアアッ!!」
俺は魔力の出力を、さらに引き上げた。
「来い!! ミライ・ブラッドフォード!! この覚醒イベ––––お前だけのハッピーエンド!! その手で掴む最高のものにしてみせろ!!」
「ッ……」
あらゆる事が、殆ど同時に起きた。
まず覚醒したミライの姿がいきなり地面から消えた……いや、見えなくなった。
次いで、俺は視界を満たす光に飲み込まれたのだ。
「グゥッ……!!」
光の正体は電撃だった、それも冗談では済まない威力の。
すぐさま攻撃から逃げた先で、俺はいきなり地面に叩き落とされていた。
ギリギリ着地した先で気づく、この脳天に響く鈍い痛みは……。
「本気なんだな、ミライ」
立ち上がった先で、今度はさっきと逆の構図––––俺が見上げる形で、浮遊するミライを視界に入れた。
この一連の攻撃は、もはやさっきまでと次元そのものが違う。
俺は雷撃を浴びせられ、気づく間も無く頭を殴られて地面へ落ちたのだ。
これが鎧……、衣とは本当に何もかもが違う。
そうだ、これで良い。
クソッタレな常識なんざ吹っ飛ばして、お前の本気の殺しを––––本気の愛を見せてくれ!
全身に力を込めた。
「『魔法能力強化』!!」
滅竜王の魔力に上乗せして、紅色の魔力が俺を覆った。
変身の余波で周囲に衝撃波が走る。
「余すことなく伝えて見せろ!! お前の愛! 殺意! 欲望!! 全部––––俺が受け止めてやるッ!!!」




