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第322話・わたし達は傍観者であるべきなのです

 

 血界魔装––––『滅竜王の衣』。


 以前アルスが、ミライとユリア、そしてアリサの3人から禁忌と呼ばれし魔力の受け渡しをもって生まれた変身だ。

 竜王の力でもって、他の竜の力を行使することができる唯一無二の特殊形態。


 発動条件は、最低でも2体の竜の力が体内に存在すること。

 今アルスは賢竜、さらに魔壊竜の力を宿した状態でミライと戦闘していた。


「いやー、相変わらず凄いパワーだよね〜」


 草原に座ったアリサが、地面をえぐる程の戦いを見ながら呟く。

 隣で審判をするユリアは、座らずに立ったまま戦闘の様子を目で追っていた。


 彼女らの髪や制服が、戦いによって発生した爆風で強くなびいている。


「ブラッドフォード書記のスピード、前より上がってますね。瞬発力……が高くなったんでしょうか?」


「どうだろ、でもスピードが上がったんなら攻撃の威力も上がってるってことだよね? 今のミライさんならワンチャンだけどアルスくんに一矢報いること、できるんじゃない?」


 2人の目先で、一際強い衝撃波が発生した。

 ミライのハイキックが、アルスの右腕と衝突したのだ。

 攻防は、(はた)から見る分にはさっきからずっとミライが優勢に思えた。


 攻撃の主導権は常にミライが握っており、アルスは防御に徹している。

 故に、さっき放たれた言葉がアリサの正直な感想なのだが……。


「いえ……確かに先程から攻撃を打っているのはブラッドフォード書記ですが、それは会長にまだ“攻撃する意志”が無いからです」


「えぇっ!? じゃあアルスくん舐めプしてんの!? 殺す気で挑むって言ってたのに?」


 座っていたアリサが、思わず前のめりになる。

 しかしユリアは、落ち着き払った様子で腕を組んだ。


「舐めプ……とは少々違いますね、会長は試しておられるのです」


「試す? 今さら何を?」


「…………」


 ユリアの向ける目には、戦況がクッキリ映っていた。

 攻撃を仕掛けるミライは本気だ、全力でアルスの急所を狙っている。


 それに比べてアルスは、体力勝負において圧倒的不利と言われる防御側にも関わらず、汗1つかいていない。


 つまり––––


「今のままでは、両者の実力に差があり過ぎます……。だから会長はブラッドフォード書記の成長に合わせて徐々にギアを上げて行っているのです」


「ギア……?」


「よく見てください、ブラッドフォード書記のスピードがさっきよりさらに上がってますよ」


「んっ、ん〜? 本当だ。まさかこの短時間で実力が増したってこと?」


「十分あり得る話です、会長はブラッドフォード書記を試すことで、潜在能力を解放させていっているのかもしれません」


 これはユリアも経験したことがあった。

 ルールブレイカーのマスター、大天使スカッドと戦った時のことだ。


 1秒ごとに強くなる大天使を相手に、ユリアは己の潜在能力を引き出すことで食らいついた。

 その上昇幅は凄まじく、スカッドを何度も上回ったほどだ。


「ですがアリサっち、勘違いしてはいけません」


 だからこそ、ユリアはこの勝負がどうなるかを予想できてしまった。


「会長はノーリスクで事を成そうとはしていません、勝負はほんの一瞬で決まるはずです。故に––––」


 まだ状況を飲み込めていないアリサに、ユリアは親切心から忠告する。


「わたし達は傍観者であり続けなければなりません。たとえ眼前で、どんなに痛々しい光景が広がっても……ッ」


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