第321話・殺したいほどの愛
––––王立魔法学園 演習場。
草原エリアを中心として、森や市街地などが模された広大な訓練施設。
足元を覆う原っぱの上で、俺とミライは正対していた。
横で見ていたユリアが、一歩踏み出す。
「これより、ミライ・ブラッドフォード(学園ランキング4位)対、アルス・イージスフォード(学園ランキング1位)の公式戦を行います!!」
審判を務めてくれることとなったユリアが、声高に叫ぶ。
その様子を、後ろでアリサも見ていた。
「アルス」
正面に立つミライが、まだ名も無きペン型魔法杖を具現化した。
俺が誕生日プレゼントであげたそれは、古代帝国の遺したアーティファクト。
人智を超えた兵器を構えながら、彼女はニッと笑う。
「わたしの気持ち、伝わってて本当に嬉しいわ。だって不公平じゃない……3人の中でわたしだけやってないなんてさ」
「同感だな、俺もちょうどお前とは一度戦ってみたいと思ってた」
「うん、だから今回は公式戦。これがどういう意味か––––アルスならもうわかってるでしょ?」
杖を構えるミライに、俺も呼応して頷いた。
「あぁ、公式戦はどちらかが完全に気を失うまで戦う。手段は相手を殺さなければどこまでも許容され、半殺しすら容認される」
「その通りよ、だからアルス。わたしは今日アンタへ––––」
ユリアの右手が、試合開始の声と同時に振り下ろされた。
「殺すつもりで、全力全開フルパワーでぶつかるッ」
勝負が始まった瞬間、ミライの全身を激しいスパークが覆った。
髪は明るく輝き、周囲に静電気が走り回る。
原っぱに押し出された風が吹き荒れた。
「血界魔装––––『雷轟竜の衣』!」
変身と同時に大地を蹴ったミライは、イナビカリと一緒に俺へ襲い掛かった。
俺の持つ反射神経と動体視力じゃなければ、間違いなく当たっていただろう杖による打撃を腕で受け止める。
「だからアルス!」
連撃は終わらない、今度は先端のペン部分で斬撃を放った。
こちらもギリギリでかわし、後方へステップする。
「アンタもわたしを––––殺すつもりで戦ってッ!!」
これはお願いでも懇願でもない、この世で唯一認めた彼氏への命令だ。
距離を取った俺は、竜の力を纏った彼女を見て……今一度考えと覚悟を決めた。
「わかったよ……ミライ」
押し出した声に、この試合を生半可な馴れ合いで終わらせないという覚悟を込める。
これはミライとこれからも、ずっとずっと一緒にいるため超えなければならない壁だ。
アイツといつか、日本に行く。
その願いを叶えるため、俺は彼氏として今––––
「俺も、お前を殺す。死んでしまうくらいの愛をお前にぶつける」
「いいね賛成、じゃあ何から来る?『身体能力強化』? それとも『魔法能力強化』かしら。まさか意表を突いて最初からブルー? どれでも良いわよ」
今までならそのどれかだけで挑むだろう、さすがにずっと一緒だっただけあって俺の戦闘パターンはバレている。
強気なミライに対して、俺は両拳を握りながら応じた。
「どれでもない……、と言ったら?」
「っ? どういうことよ」
「お前ならとっくに気づいてるだろ? 今俺には––––ユリアとアリサ両方の魔力が流れている。2体の竜の力がな」
今朝俺は、ユリアとアリサに魔力を口移しされた。
つまり、“アレ”の発動条件はギリギリ満たしている。
「まさかっ!」
ミライが肉薄しようとするも、既に遅かった。
大気が裂ける勢いで叩かれる。
俺を中心に放たれた魔力がミライを押し戻し、草を根本から引き剥がした。
纏ったのは、かつて女神レイ・イージスフォードを葬った俺だけの、自分以外の竜の力を集約して顕現する変身。
竜王級が、竜王たる所以。
「血界魔装––––『滅竜王の衣』ッ」
試させてもらうぞミライ。
お前の覚悟と資格、そして殺意と愛を!




