第320話・異世界研究部の目的
「クッソー!! また失敗かぁッ!!」
倒れる俺にかぶさりながらそう叫んだのは、新緑色の髪をたっぷり伸ばした少女。
異世界研究部部長、ニーナ・バレンシアだった。
「何が失敗だテメェ……ッ、いきなり吹っ飛んできやがって」
バラバラになった扉と、ついでに乗っかったままのニーナを足で蹴ってどかす。
廊下が一気に埃臭くなった。
なんでこいつがいきなり……。
「ちょっとアルス……大丈夫?」
隣でしばらく呆然としていたミライが、身体を起こすのを手伝ってくれる。
そんな俺たちにやっと気づいたらしい異研部長殿は、同じく立ち上がりつつこちらを見やった。
「おぉ、生徒会長! 来てたのか」
「来てたのかじゃねえよ、なんで扉ぶっ飛ばしてお前が突っ込んでくるんだ。普通状況説明が先だろうが」
俺の苛立ちが混じった声に少しビビったのか、あたふたと部屋の中心部をニーナは指差した。
「ち、違うんだ生徒会長! 昨晩生徒会会計に渡したメモは見ただろう?」
「見たよ、だからミライを連れて来たんだ」
「じゃあ話は早い! 我々は遂に謎のベールに隠されていた日本国の場所を特定した! それがアレだ!」
見れば、あまり広くない部屋の中心に魔法陣が描かれている。
召喚魔法用かと思ったが少し違うな……、文字配列が全くの逆向きという奇妙なものだった。
「あの意味不明な魔法陣が日本国だっつーんなら、すぐに医務室連れてってやるから真面目に頭を見てもらえ」
「違うに決まってるだろ!! アレは入り口、日本へのゲートだ!」
「ゲート? 待てサッパリわからん、なぜ逆召喚魔法陣がゲートなんだ。俺たちはこの星のどこかにある謎の国を探してるんだぞ」
俺とミライが同時に首を傾げる。
しかし、ニーナはいたって真剣に反論してきた。
「生徒会長、アンタも不思議に思ってたんじゃないのか? これだけの日本人が世界にいながら母国の場所が全くわからない。地図にも載ってない、どこの国にも大使館が存在しない」
「それはここに来る途中でミライとも話してたよ、どうせまだ未探索の場所にあるんじゃないのか?」
「違う!!」っと、ニーナはハッキリ否定してきた。
そして、次の瞬間とんでもないことを言い出した。
「我々異世界研究部は長らく日本について調べてきた、部長が数世代交代するくらいな。そして最近やっと気づいた––––“日本国という国は、この世界のどこにも無い”と」
………………。
「おい、何だその目は。わたしは真面目だぞ」
「えっと……部長さん、つまりアレ? わたしの母国日本は、この世界と全然別の世界にあるってこと?」
「そうだその通りだ生徒会書記! 日本国はこことは違う異世界に存在する国、この仮説なら今まで合わなかった辻褄がバッチリ合うんだ!」
熱弁するニーナだが、こちらとしてはどうリアクションすれば良いかわからない。
失われた亡国は、実は異世界ファンタジーだった––––なんて、ユグドラシルネットの底辺都市伝説チャンネル並みの言説だ。
もしそうなら、日本人は異世界転生者ということになる。
まともに信じろという方が無理な話だ。
「じゃあそのゲートを使えば、日本に行けるってのか?」
俺の言葉に、異研部長と周囲の部員たちの表情が曇る。
「じ、実はこのゲート……まだ未完成なんだ。召喚魔法の応用でこっちが逆に異世界転移できないかと、何度も試みてる最中なんだが……」
ふと一瞥すれば、部屋の隅に山積みされていたのは魔法陣を描くための専用マジックアイテム。
街の魔導具屋で普通に売ってるものだが、見た感じ軽く300本は使い潰されていた。
「うっわ……、これ会計のアリサちゃんが見たら絶対キレるわよ。部費どんだけ使ってんの?」
「違うんだ書記! これは試行錯誤にどうしても必要だったんだ! おかげで完成は間近! でもその、もう少しというところで今学期の部費を使い尽くしてしまってな……そこで––––今日生徒会長に来てもらったということだ」
両手を正面で合わせ、とびっきり媚びたような笑顔でニーナは俺を見つめた。
「っというわけで生徒会長。来学期の予算、たくさん増額してくれ」
俺は光速で返答していた。
「却下だ」
その勢いで、俺は踵を返して異世界研究部の部室を後にした。
「クッソー!! やはり悪の権化だったか! 極悪生徒会めぇッ!!」
後ろでニーナのヤツが喚いているが、無視して歩き去る。
俺たちを呼んだ理由が、あんなくだらない予算増額のお願いをするためだったとは。
にしても、異世界か……。
「期待外れだったわね」
ちょっと残念そうなミライに、俺は頭を撫でながら応える。
「まぁ地道に探そうぜ、きっと見つかるよ」
「うん……ありがと、今日はもう帰る?」
ミライの問いに、俺は足を止めた。
「ん? アルス?」
「なぁミライ」
「は、はい」
「冬コミの時お前が言ってたこと……覚えてるか? ユリアとアリサはもうしてて、ミライとだけしてないこと」
「えっ、あぁ……うん。覚えてる」
「お前にしては珍しく欲望っつーか、気づいて欲しい願望みたいな雰囲気を感じたからずっと考えてた。そんで昨日……ようやくわかった」
「っ……」
俺は立ち止まるミライの背を、バンッと叩いた。
「やるぞ、お前と俺の––––殺す気で挑むガチの真剣勝負ッ」




