第314話・恋人の時間Ⅱ
「シャンプー、これで良いんだよな?」
攻守交代で、今度は俺がユリアを洗うこととなった。
ただでさえ小さい彼女がイスに座ると、もう一回り小さく見える。
だがそこが良い、こんな小さくて細い身体であんなに強いというギャップが萌えさせるのだ。
「良いですけど、ちょっと……待ってください」
しばらく抵抗したユリアだったが、遂に観念したのか両手を壁に伸ばした。
フックで掛けられていたのは、なんとシャンプーハットだった。
「えっ、シャンプーハット使うの……?」
「小さい頃にシャンプーが目に入って泣いちゃったことがあって、それ以来ずっとかぶってるんです……。子供っぽいですよね」
「いや……」
俺は溢れ出す感情を抑え切れなかった。
「すっごく意外だったけど、なんかやっとユリアの素が見れたみたいで俺は嬉しい。可愛いよ、たとえ16歳でもシャンプーハットをしても良いという多様性を俺は認めたい」
「なんかその言い方凄く複雑!」
顔を真っ赤にしながらシャンプーハットをかぶるユリアに、俺も思わずクスリと笑う。
「悪い悪い、じゃあ洗ってくぞ」
「んっ……」
最初にシャワーで濡らしてから、俺は手で溶かしたシャンプーをユリアの髪へ擦り付けた。
おっ、おぉ……柔らかい。
女子の髪ってこんなきめ細かなのか、同じ髪でも俺とは性質自体が違う。
輝く金髪が泡に包まれ出すと、ユリアがちょっと頭を動かす。
「あっ……、もうちょっと右」
「ん? こっちか?」
「そうそこ、はふぅ〜……気持ち良い。恋人に洗ってもらうってこんな感じなんですねー」
「美容員さんのようにはいかないけど、気持ち良いなら良かった。––––流すぞ」
「うん」
シャワーを掛けて、シャンプーハットの中で溜まっていた泡を残さず落とす。
肩が少し力んでいることから、多分目を思い切り瞑っているのだろう。
シャンプーハットしてるのに、やっぱりちょっと怖いんだな。
でもそこが可愛い。
次いでトリートメントを終わらせ、いよいよ身体に掛かる。
「背中……だけで良いよな? さすがに前を洗う勇気はないぞ」
「はっ、はい……大丈夫です」
ぎこちないやり取り。
ユリアは俺の背中に驚いていたが、こっちも似たようなもんだ。
改めて触れてみると、その身体はほんの些細なことで壊れてしまいそうなほどに脆く見える。
肌はツヤツヤで、芸術品のような身体を洗っていると思わず庇護欲が湧き上がってきた。
「なんか……ユリアを戦わせたく無くなってきた」
「? 何故ですか?」
「だってさ、こんな繊細そうな身体……傷つくの見たくないだろ。まぁ、公式戦で思い切り怪我させた俺が言うのもアレなんだけど……」
「フフッ、大丈夫ですよ––––心配し過ぎです。わたし、こう見えて天才なんで。会長以外には絶対負けませんから」
「そういえばそうだったな、悪い。忘れてくれ」
「いえ、会長の想いが伝わって嬉しいです。今度から戦う時はちゃんと一方的に蹂躙して、傷なんか負わないようにします」
頼もしい? 宣言を受けた俺はシャワーをユリアに優しく掛けた。
シャンプーとボディーソープの、芳醇な香りが浴室を満たす。
お互い立ち上がり、浴槽に張られたお湯を見た。
「せっ、狭い……よな?」
「まぁ……でも、足を畳めばなんとか2人入れそうですよ」
ここまで来たら、最初に襲ってきた緊張など吹き飛んだも同然。
俺とユリアは互いに背を向け、膝を折り曲げた状態で湯船に浸かった。
彼女の肌が背中に当たり、体温をほのかに感じる。
きっとそれは向こうも同じだろう。
「なんでしょう、背徳感が凄い……」
「ミライとアリサには、少しだけナイショだな……」
「そうですね、それと会長––––あの2人のこと。ブラッドフォード書記が初めて怪盗女に襲われた日の会話、覚えてます?」
「あー、アレな……」
俺はユリアとピッタリ背中を合わせながら、ゆっくりと口開く。
「今のままじゃ……、ミライとアリサを俺たちの傍には置けないって話だな」




