第313話・恋人の時間
ユリアと一緒に、お風呂へ入ることとなった。
今までこういう展開を忌避していた訳ではない、むしろタイミングを伺っていたまである。
だがいざこう……直面してみると、俺の童貞心が猛烈な緊張をもたらすのだ。
「せっ、狭くないか……?」
「元々1人用ですからね、まぁ問題ないでしょう」
互いに衣服を脱いで、浴場に入室。
ユリアの身体は、一目見て宝石よりも綺麗だと思った。
小さくもしなやかな体躯を、真っ白な肌が覆っている。
普段はサイドテールにされた金髪が、浴場の湿気で水分を含んでどこか輝いて見えた。
「会長、お疲れでしょうし––––わたしが後ろから洗ってあげますよ」
「洗ってって……子供じゃないんだぞ」
「フフッ、ごめんなさい。でも一度やってみたくて」
「っ……わかったよ、頼む」
大人しくイスに腰掛けると、シャンプーを指で溶かしたユリアの手が俺の髪へ触れた。
あっ、良い匂いの正体はこれか……ユリアから普段香るのはこれだ。
なんて……自分でも正直キモいと思う感想で、緊張をどうにかほぐす。
でもユリアのシャンプー、めっちゃ気持ちいい。
「会長の髪……柔らかいですね、それに綺麗な灰色」
「はっ、灰色に綺麗とかあるか……?」
「ありますよ、少なくともわたしは大好きです……あっ、目閉じててください」
言われた瞬間、温かいシャワーが丁寧に掛けられた。
シャンプーが終わり、次はトリートメントだ。
ここまでは良い、頭程度ならいくら触られても問題はない。
けど––––
「さてっと、じゃあ次は体ですね」
「マジで全部洗うのか……」
「当然です、わたしは会長にできた最初の彼女なんですよ。他の子よりちょっと早く手垢を付けても……許されますよね?」
「手垢って。じゃ、じゃあ……背中頼めるか? 他は自分で洗う」
「はい、喜んで」
そう言って、またも高級そうなボディソープがプッシュされる。
手垢ねぇ……気づかなかったが、ユリアも結構独占欲あったんだな。
確かに最初の彼女にしては、今まで恋人っぽいことできてなかったもんな。
これくらいなら……ミライやアリサも怒らんだろう。
「わっ、会長……意外と筋肉ありますね。男の人の身体ってこんなにゴツゴツしてるんだ」
「冒険者時代の名残だな、エンチャントをグリードたちに掛けてた分魔力を防御に割けなかった」
「じゃあモンスターの攻撃、全部生身で受けてたってことですか!?」
「んーそうなるな、身体頑丈じゃないと生き残れなかったし。ひたすら筋トレしてた」
「伝説の竜王級が筋トレ一本で防御……なかなかシュールですね」
「魔力無しの腕相撲でも、相手が軍人だろうが負ける気は無い。それだけ必死だったんだよ……生き残るのに」
「でもその苦労が、会長の強さの源になっている。全然無駄なんかじゃないですよ」
背中を擦ってくれる手は、柔らかくてとても優しい。
人生で今この瞬間が待っていたとするならば、確かにあの時代の苦労も捨てたもんじゃないと思える。
「さて、じゃあお身体お流ししまーす」
「おーう」
戦闘の汗が、綺麗サッパリ落とされた。
緊張は……いつの間にか消え去っていて、むしろ俺に勢いをくれていた。
「では会長、湯船に入っててください。わたしも体洗うので」
なーんて抜かす天才令嬢に、俺も反旗を翻してみる。
「先に? 違うだろユリア」
「えっ?」
キョトンと背後に回り込む俺を、ユリアは吹き出しそうなくらいのポカン顔で見上げていた。
「攻守交代だ、次は俺が洗ってやるよ。お前は俺の最初の彼女だからな……最初に手垢付けたって文句は誰にも言わさん」
ユリアの顔面が、一気に紅潮するのが目に見えてわかった。




