第312話・恋人らしいこと
「さっ、どうぞ会長」
「お、お邪魔します……」
王都に帰ってきた俺は、速攻でユリアの寮に連れて来られた。
ここは、王立魔法学園に在学する学生専用の寮だ。
もう夜も遅いので、他の部屋はどこも明かりが消えている。
以前ここに来たのは、アリサ救出作戦発動時のことだ……あの時は特に意識してなかったが––––
「来客用のスリッパを買いそびれていまして、すみませんがそのまま上がってください」
「おっ、おぅ」
たどたどしくフローリングの床に足を乗せ、リビングに案内される。
まず最初に結論から言おう、俺はめっちゃくちゃに緊張していた。
最初に玄関入ってすぐ、ユリアの匂いが漂ってきた時点でもう無理だった。
柑橘系の、どうやったらそんな良い匂いすんのと聞きたくなるレベルの香り。
そんでもって、ミライ以外の女子部屋に上がり込むのは今回が初。
ミライは今や恋人とはいえ、まだ幼馴染感が強く残った関係。
何度も家に行っていることからも、意識はあまりしないで済んでいたのだが……。
「すみません、リビングが狭くて」
「あぁ良いよ、そもそも1人暮らし用の寮だろ? むしろ俺なんか入れて良かったのか?」
「? 彼氏を部屋に連れ込むことに問題ってあるんですか?」
「えっ? いや……まぁ特には無いが」
「ですよね、会長さっきまで派手に戦ってたんですし。魔力切れでお腹空いてません?」
「空いてると言えば空いてるが……、えっ。何で?」
「冷凍してある食材で良ければ、すぐに夜食として作れます。ちょっとそこのソファーで待っててください」
「はっ? まっ……!」
そう言って、こっちが遠慮する間も無くエプロンを付けたユリアが冷蔵庫を開く。
やっべぇ……生活感半端ねえ、アリサの作ってくれるメイド喫茶のオムライスとは全く違う感覚だ。
そして待っている間は特にすることもなく、チラチラと部屋を不躾にも見渡してみる。
……うん、至って普通の部屋だ。
ちゃんと掃除されていて、家具もユリアらしく合理的な配置。
棚の上に置かれているのは、学園入学時の写真だ。
どこか緊張しているのか、強張った表情が新鮮で可愛い。
ふと忘れかけるが、ユリアもアリサ同様に、たった1人で外国から留学しに来てんだよな。
普段話しているこの言葉も、ユリアからすれば外国語。
実家は帝国貴族で、おまけに大陸トップと言われる実力を持った超天才令嬢。
そんなユリアが、まさかの恋人第一号である。
人生……どうなるかわからんもんだ。
「おまたせしました〜」
キッチンから皿に乗せてユリアが持ってきたのは、ウインナー数本とマッシュポテトの付け合わせ。
肉と調味料の香りが、抑え込んでいた食欲を一気に刺激する。
「すみません、余り物がこれしかなくて……」
「とんでもない、ありがたく頂くよ!」
手を合わせて、早速頬張る。
……美味い、すっげー美味い。
それにこの味わいは––––
「あっ、わかりましたか? これはヴィルヘルム帝国の食材を使った母国料理なんですよ」
対面に座ったユリアが、同じように盛ったウインナーをかじる。
「超美味いよ、戦闘明けの身体に染みる……っ」
「フフッ、良かったです。一応母国のレシピそのままじゃなくって、ちゃんと会長の好みっぽく仕上げましたので、多分美味しいかと」
「重ね重ね、感謝しかねえ」
濃く味付けされたそれら夜食は、俺の腹と舌を存分に満たしてくれた。
何より、なんかやっと恋人らしい雰囲気というものも感じ取れていた。
「結局……あの怪盗、目的はなんなのでしょうか」
フォークを置いたユリアが、ポツリと呟く。
俺は貰ったコップの水に口をつけながら、憶測も立たないのでなんとなく返した。
「さぁな、コミフェスを襲った大天使も宝具狙いだったし。そんなレアリティ高いもんなのかね……」
「あのイリアとかいう女……、強かったですか?」
「うん……まぁ、常人で勝てる相手じゃないな。血界魔装を極めたヤツなんて初めて見た、本当に竜の力を鎧みたいに纏ってるようだったよ」
会話は自然と怪盗の話題へ。
けれどユリアは、俺を見て安心するように微笑んだ。
「でも会長が勝った。さすがです」
「正しくは撃退した……だな、アイツ自身まだ変身を扱い切れてなかったし。今度会った時はもっと強くなってるかもしれん」
「けど会長ならさらにそれを上回ります。でも油断しないところが貴方らしいですね、えっと……傷は与えたんですか?」
「あぁ、右の脇腹と……あと首だな。結構ザックリ裂傷を作ったからそう簡単には治らないはずだ」
「じゃあ、ちょっとは懲りてそうですね」
ここで、洗面台の方から音が響いた。
帰宅時にユリアが沸かしていたお湯が、湯船に溜まったのだ。
「さてっと……じゃあ皿は俺が洗っとくから、ユリアはお風呂入っててくれ」
立ち上がる俺に続いて、ユリアも膝を上げる。
ここで一旦別れる……はずだったのだが。
「戦ったのは会長なんですよ? 会長も入ってください」
「えっ? じゃあ皿洗い終わったら––––」
言い終わる前に、ユリアが俺の腕を両手で掴んだ。
グッと引き寄せられ、体温を感じるほどに近づく。
「じゃなくて、い、一緒に……入りましょうよっ。一応わたしたち恋人なんですから……」
俺の心拍数が、一気に倍へ跳ね上がった。




