第311話・マジタミンΩ
「今回ばかりは、本気で死ぬかと思ったわい……」
天井の吹き飛んだフォルティシア邸に行ってみると、研究室で疲れ切った顔の大賢者が座っていた。
コーヒーカップ片手にため息を吐く姿は、まるで徹夜明けした程度の疲労に見える。
あれ、この人……さっきまで死にかけてたよな。
「あっ、お帰りなさい会長」
瓦礫を片付けていたユリアが、空いた天井から入ってきた俺を迎えてくれる。
とりあえず例の怪盗は追い返したこと、付近にはもういないことを伝えて、
「ところで––––」
俺は今一度疑問をぶつけた。
「フォルティシアさん、なんか思ったより元気そうっすね……」
「ん? あぁ……死にかけてたのは間違いないぞ。おぬしらが来てくれなかったらあのまま殺されてたじゃろうし、偶然も味方した」
「偶然?」
立ち尽くす俺に、フォルティシアさんは1本の空になったフラスコを見せた。
「超魔力回復ポーション、試作名称『マジタミンΩ』。ちょうどこいつを作ってる時に襲われたんじゃ」
瓦礫を隅に退けたユリアが、こちらへ戻ってくる。
「以前ファンタジアに来た時、会長『マジタミンB』を貰いましたよね? 今日師匠はそれをさらに100倍ほど濃縮したやつを作ってたそうなんですよ」
「要は、瀕死の状態でそれをユリアに飲ませて貰って回復したと?」
「大まかはな、味覚への刺激が強すぎてこれがキツケ薬代わりになって意識を取り戻した。傷を治したのは片割れに渡してからちょっとだけ残った名残の魔法じゃ」
まだ少し辛いのか、フラフラと立ち上がったフォルティシアさんは魔力を纏った。
「––––『ユグドラシル・ヒール』」
足元に樹の紋章が浮かんだと同時、まだ僅かに残っていた擦り傷や火傷がキレイさっぱり消え去ってしまった。
まさか……これは。
「回復魔法……ですか?」
「そうじゃ、この世界で使える人間は公式にいないとされているがの。ワシは“人間じゃない”から魔力と意識さえあれば使い放題ってところじゃ」
人間じゃない……ねぇ。
「今回あなたが狙われたのも、それが理由ですか」
「さぁのお、でもアイツはワシの正体を知っておったみたいじゃし……そうかもな。結果的には宝具も奪われた……我ながら不甲斐ない、おぬしの師匠失格じゃな。ユリア」
自嘲気味に笑うフォルティシアさん。
再び椅子に座った彼女へ、ユリアがゆっくり近づいた。
「師匠がどんな人間離れした存在だろうと、たとえふざけた怪盗に負けようと師匠は師匠です。この気持ちは決して変わりません」
背後からフォルティシアさんの小さな身体を抱きしめたユリアは、そのまま優しく喋りかける。
「だから師匠……あなたの最高の弟子に、師匠の受けた屈辱を晴らさせてください。あの舐め腐った怪盗女から、必ず師匠の宝具を奪い返して見せます」
「危険じゃやめろ……と言って、この弟子は止まると思うか? アルス」
若干助けを求めるような目をする大賢者に、俺は事実だけを告げた。
「まさか、やるとなったら徹底的に。殺すつもりで相手に挑む。それが俺の知る、俺に唯一匹敵しうる最強の生徒会副会長––––」
脳裏に初めて戦った公式戦が過ぎった。
「ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトという女の子です、当然彼氏として俺は止めませんよ」
「……やっぱりのぉ〜、じゃあこれだけ渡しておくわい」
そう言って、フォルティシアさんは何か液体の入ったフラスコを持った。
中身が小さなビンに注がれる。
「この『マジタミンΩ』は、元々アルス……おぬし用に作っとった物じゃ。常人では副作用で死に至りかねんが、竜王級という特殊体質なら耐えられると踏んで作った」
「……効果は?」
「空の魔力が、許容上限値を一時的に突破するほどみなぎる。おそらく、『身体・魔法能力極限化』に変身しても15分以上は持つはずじゃ」
「凄まじい効果ですね、けどそれ飲んだフォルティシアさんは大丈夫なんですか?」
「だいじょばない、もう既に頭痛と吐き気が凄まじい。そろそろ意識が途切れる……」
ならばこれ以上いるのは迷惑か、ユリアと一緒に飛んで帰ろう。
「あっ……」
だが俺はここに来て、重大な現実に気がついた。
「さっきまでブルーに変身して戦ってたから、もう空を飛ぶ魔力が残ってねぇ……。列車で帰ろうにも終電終わってる……」
「えっ!? し、師匠! 余ってる『マジタミンB』を––––」
ユリアが問いかけるも、遅かった。
『マジタミンΩ』の副作用で、フォルティシアさんは既に意識を失ってしまっていた。
沈黙が降り立つ中、とりあえず俺はフォルティシアさんをベッドに移して振り返った。
「……すまんユリア、すっげぇ申し訳ないんだけど……王都まで運んでくれないか?」
それに対するユリアの解答は、非常に速かった。
「良いですよ、それにもう遅いですし––––」
さらに彼女は、イリアの攻撃に匹敵する威力の言葉を放つ。
「わたしの部屋に泊まって行ってください」




