第310話・アルスVSイリア
「だったら見せてくださいッ! その恐ろしさとやらをッ!!」
最初の一撃は互いに同じだった。
焼け焦げた地を蹴った俺たちは、ちょうど中間点で拳をぶつけ合う。
「あぁ、遠慮なく行かせてもらう」
常識を超えたパワー同士のぶつかり合いに、エネルギーが周囲へ撒き散らされた。
なるほど……確かに、これまで見てきた血界魔装とは強さの次元そのものが違う。
だが!!
「だぁらッ!!」
「グゥっ……!?」
左足を軸に、右足で全力の蹴りを放つ。
ガードの上から吹っ飛ばされたイリアは、そのまま追撃する俺の目を見て表情を変えた。
「見せてあげます、そして知ってください。どっちが最強の変身かを!」
俺の拳は、イリアの顔面に届く前で止まった。
否、強制的に止められたのだ。
目の前には、赤色をした六角形の焔が壁となって立ち塞がっている。
「『イグニール・ヘックスグリッド』!!」
炎属性魔法の極地である、超高等防御魔法。
なるほど……血界魔装を極めてるなら、カレンに使えてコイツに使えない道理もない。
けどな。
「チェックメイトです、竜王級!!」
拳に焔を纏ったイリアが、カウンターで俺の顔面へ隕石のような打撃を振るう。
しかし、イリアの攻撃もまた俺の顔面に届かず止められた。
「知ってるか? チェックメイトってのは勝利が完全に確定した時使う言葉だ。ちょっとせっかちが過ぎるんじゃないか?」
「ッ!!」
俺の前に、六角形をした蒼焔が広がり、彼女の拳をアッサリ止めていた。
こちらも同じく、カレンから習った『イグニール・ヘックスグリッド』を発動したのだ。
「だったら!!」
一歩引いたイリアは、拳に纏っていた焔を変化させた。
極焔は瞬く間に指先へと流れ、まるで竜の鉤爪を彷彿とさせる形状へと変化した。
「竜装––––『極焔牙爪』!!」
両手に焔の武装をしたイリアは、空中でマントを翻し、回転のエネルギーを加えて俺の防御魔法へ攻撃した。
鉄壁を誇った『イグニール・ヘックスグリッド』が、さながら画用紙のように切り裂かれる。
「へぇ、竜の力を極めるとそんな芸当までできるのか」
「あなたの魔法は予想外でしたが、所詮付け焼き刃––––わたしには絶対勝てません! 今度こそチェックメイトです!!」
爪が振り下ろされる
俺の身体は一瞬で八つ裂きにされ、焔によって炭と化してしまう。
……なんて、本気で思っていたであろうイリアの顔は非常に滑稽であった。
「なっ!?」
驚く彼女へ、もう一度諭してやる。
「言っただろう、チェックメイトは勝利が確定してから使えってさ」
イリアの鉤爪を受け止めていたのは、色だけが異なる全く同じ魔法だった。
「竜装––––『極焔牙爪』、で合ってたよな?」
焔の爪を、こちらも同じく焔の爪で受け止めていた。
さすがにこれには、イリアも顔を青くする。
「さっきの魔法といい、どういうこと……ですかっ!! なぜあなたが竜の力を使えるんです!!」
「そりゃお前––––」
俺は全身の魔力を一気に高めた。
「竜王級だからな」
ニッと笑い、足裏で蒼色の魔力を爆発させてイリアごと飛翔した。
そのまま森を一直線にぶち抜いて、数キロ離れた山脈の岩壁へ彼女を叩きつけた。
「ガッハ!!」
「オっラああァアアッ!!」
イリアの怪盗服と腕を掴み、高速飛行しながら山へ押し付ける。
「ぐああぁあッ!?」
轟音と共に土煙が横へ走っていく様は、山脈がケーキのようにぶった斬られていると錯覚するだろう。
さすがに痛かったのか、片手を振り解いたイリアが俺目掛けて膨大な熱線を放った。
「よっ」
すかさず離し、熱線を回避。
こちらも同じように『レイドスパーク』を放ち、お返しを送った。
「舐めないでくださいッ!!」
岩壁から離れたイリアは、焔の鉤爪で俺の魔法を弾き飛ばした。
拡散した余波が、彼女のマントの一部を引き裂く。
「しまった!」
一瞬でも目が逸れたのを、俺は見逃さない。
よそ見をしたイリアへ、頭突きと打撃のコンボをお見舞いした。
地面へ落着する直前に赤髪をなびかせ、姿勢制御するがもう遅い。
『高速化魔法』で鋭く肉薄した俺は、彼女の脇腹と首へ斬撃を食らわした。
「いっつ!!?」
鮮血が噴き出す。
イリアを守る莫大な竜の魔力ごと切り裂く攻撃に、さすがのヤツも完全に余裕を失った。
再び地面で対峙した俺へ、悔しそうに歯軋りする。
「ハァッ……、ハァッ。“竜王は全ての竜を司る”。どうやらホントの話だったみたいですね、全く器用な方です」
「あいにく器用さと頑丈さだけが取り柄だからな、あとお前には聞きたいことが山ほどある。大人しくしてもらうぞ」
「確かにこのままやっても、ゼェッ……勝機は無さそうですね」
首と脇腹を抑えるイリアは、ジワリとにじみ寄る俺を見て微笑んだ。
「でも大丈夫ですよ……どうせ」
イリアの周囲から、強烈な火災旋風が巻き起こった。
膨大な熱が、周囲を自然発火させる。
ガードに徹する俺へ、優しく声が届いた。
「“またすぐにお会いできます”ので」
火災旋風が収まると、森を襲っていた発火現象もピタリと止まった。
イリアの姿は……無い。
すぐに魔力探知を使って高密度の魔力を探してみるが、近くに血界魔装らしき反応はない。
唯一フィルターを抜けて引っかかったのは、強大なユリアの魔力だけだ。
「またすぐ会える……ねぇ」
意味深な言葉。
同時に、魔力切れで『ブルー・ペルセウス』が解ける。
一応フォルティシアさんも守れたし、新しい技も覚えた。
これ以上の深追いは、一旦やめておく。




