第308話・真なる血界魔装
「血界魔装。まさか、竜の……力かっ!」
熱く燃えたぎる魔力は、イリアからバーナーのごとく吹き上がっていた。
シャンパンゴールドだった髪は赤色に染まり、全身には禍々しい紋様が浮かび上がる。
「さすがは自称大賢者、でもこれは他の竜が使う“衣”という中途半端なものじゃありません」
一歩進んだイリアは、変身した姿を見せつけるように立った。
「血界魔装––––『極焔竜の“鎧”』」
「鎧……じゃと!? 衣ではなく!?」
言い終わった瞬間だった。
フォルティシアは自身の身に何が起こったのか、全く把握できなかった。
「かっ……!!」
気づいた時、既に自分は空中にいなかった。
まばたきするより速く、イリアが肉薄––––彼女を地面に蹴り落としていたのだ。
「グゥ……! いっつッ!」
斜面を削り取りながら落着したフォルティシアは、ハルバードを地面に突き刺してブレーキを掛ける。
痛みで全身の感覚が飛びそうになったのを、舌を噛むことでなんとか防止した。
すぐさま見上げるも、イリアは空中にいなかった。
「ルナ・フォルティシア、実はあなたのことを調べていました」
真後ろから響く声。
反射的に宝具を振るうが、イリアの姿はない。
あまりにも速すぎる移動に、もはや目で捉えることすらできなかった。
「国籍、戸籍、年齢……全部に改ざんの痕跡があった。国務省と人事院の記録は、ところどころがあやふやでした」
必死に追い縋ろうとするも、攻撃した頃にはもう姿がない。
常に背後を取られ続けていた。
「つまりあなたは––––」
腹部に衝撃が走った。
否、そんな生やさしい表現では表し切れない痛み。
「この国の正式な人間ではない」
「がっは……ッ!?」
見下ろしてから初めて、自分は膝蹴りを食らったのだと認知する。
小さな身体が少し宙に浮き、膝から崩れ落ちたフォルティシアは胃の中で暴れるものを吐き出した。
それは大量の血……。
真っ赤に染まった地面を見ながら、フォルティシアは絶望する。
––––勝てない––––
これが真の血界魔装。
スピードもパワーも、拮抗していた全てのバランスが崩れ去った。
「うぁっ……! ゲホッ!!」
口元を血だらけにした彼女の首を、イリアは容赦なく掴み上げる。
「さっ、宝具を渡してください」
「っ……、い、やじゃ…………」
「はぁ……、そう言うと思ってました」
イリアの右手が、フォルティシアの胸に優しく添えられた。
「別に良いですよ、こっちは無理矢理にでも頂きますので」
冷淡に告げた瞬間、イリアの右手から溢れた光は周囲全てを飲み込んだ。
発生した巨大なキノコ雲を中心として、木々が全てあっという間に薙ぎ倒される。
まるで、数千個の爆弾を同時に炸裂させたような大爆発。
炭化した森をゆっくり歩きながら……イリアは少し離れた場所、無惨に倒れる大賢者を見下ろした。
「まだ僅かに息がありますね、運の良い方」
瀕死の状態で気絶するフォルティシアを一旦無視して、イリアは手放された『インフィニティー・ハルバード』を持ち上げた。
そして、迷うことなくマントの中へ収納した。
「回収完了、さて……」
再び見下ろしたフォルティシアは、ほんの僅かな呼吸だけで命を繋いでいる状態だった。
このまま放っておいても死ぬだろうが、イリアは手に火球を浮かべる。
「どうやって人事院の記録を弄ったかわかりませんが、あなたはやはり危険過ぎます……。せめて今––––楽に死なせてあげることこそ、わたしが唯一あげれる温情です」
せめて介錯をしようと魔力を上げるも、イリアの耳に妙な音が響いた。
「これは……鐘の音?」
彼女は気づかない。
この音が発生した時こそ、この世で最も強い変身が発動された時だと。
「遂に見つけたぞ、自称正義の大怪盗ッ」
「ッ!!?」
イリアは反射的にその場を飛び退いた。
だが、最速に等しい選択であったことを加味しても“彼”にしてみれば遅すぎた。
「グゥ……ッ!!」
視界いっぱいに蒼が満たされたと同時、膨大な竜の魔力で守られたイリアが軽々と吹っ飛ばされる。
なんとか倒れずに踏ん張った先––––フォルティシアを守るように立っていたのは、もはや大陸で最も有名になったエンチャンター。
大天使を圧倒し、かの女神すら打ち倒した男。
「まだ遊び足りないなら、こっからは俺が相手してやるよ……クソガキ」
竜王級魔導士––––アルス・イージスフォードは、蒼色の魔力を纏い怒気をはらんだ声で強く言い放った。




