第306話・フォルティシアの思い出
––––温泉大都市ファンタジア。
かつて夏休み中にアルスたちが訪れたここは、ミリシア最大の経済都市。
白色の高層建築物で覆われた街は、川を囲んで密集していた。
ルールブレイカーとの戦いによって付いた傷跡も、今や8割方直っている。
天使に祈りを捧げるために建築されたファンタジア・ツリーに関しては、ようやく修復作業が始まった辺りだ。
「うーむ……、これじゃ効き過ぎるかのぉ」
そんなファンタジアの郊外で、自身の研究室にこもっている女性がいた。
“女性”……っと言うには若過ぎる外見、そして老人のような口調の彼女は大賢者と呼ばれて久しい存在。
「ダメじゃ……『魔力回復ポーション17号』も、こりゃボツかものぉ。この効果じゃ、従来の数倍は回復するが副作用も激しすぎる」
彼女の名は大賢者ルナ・フォルティシア。
ユリアの師匠にして、世界で誰よりも宝具に精通した知見の持ち主。
以前、ユリアの宝具が破損した際明確な助言をし、ルールブレイカーとの最終決戦にも駆けつけた頼れる大人である。
大人と言っても、外見は13歳ほどだが……。
「疲れた……。ちょっと休憩しようかの、もう16時間ぶっ通しじゃし。カフェインが足らぬっ」
フォルティシアは魔導具についても非常に詳しく、現在ポーションの新規開発を行っていた。
彼女が座る椅子の前に置いてあるのは、たった今失敗作の烙印を押された試作ポーション。
”ある人物用“に作っているものだが、いかんせん調整が上手くいかない……。
珍しく沼に嵌まった彼女は、現実から逃げるように過去の記憶を辿った。
「ユリアのやつ……バイトを始めたとか言っておったが、使いきれん仕送りはどうするつもりじゃろう。今度変装でもして様子を見に行くのもアリじゃな」
机の引き出しを開けたフォルティシアは、中から1枚の写真を取り出した。
カラーで写ったそこには、4人の男女が笑顔で収まっていた。
1人は金髪碧眼を持った大佐階級の軍人、その隣にいる少女はフォルティシア本人である。
彼女は、右端に映った軍人の男と茶髪の幼い女性軍人を指でなぞった。
「エルド……、セリカ……。我が片割れにして同一存在よ、こうしてワシが自由に生きていられるのもおぬしらのおかげじゃな。またいつか……久しぶりに会いたいぞ」
フォルティシアの顔は、普段見せないほどの感傷に浸った表情で染まっていた。
この写真は、数年前に撮った彼女のもう1つの誕生日を祝ったもの。
この若い軍人はユリアと並ぶ、フォルティシアにとってかけがえのない存在。
今度、彼が住むグラジオン大陸のアルト・ストラトス王国へ行ってみるかとひっそり思案してみる。
「まぁ研究がひと段落せぬことには、休暇もおちおち取れんか……それに」
写真を机にしまった彼女は、窓から夜空を眺めた。
「もうすぐじゃ……、もうすぐで【天界】の所在地がわかる。ラインメタルのヤツが今も正気を保っていればじゃが……」
呟き終わった瞬間、フォルティシアは漆黒の夜空に光の瞬きを見た。
最初は流れ星かと思ったが、すぐに違うと確信した。
光は超高速でこちらに向かってきており、さらには空中で複数に分裂したのだ。
「ッ!!」
フォルティシア邸の屋根が、連続して起きた大爆発で吹っ飛んだ。
どうにか屋根だけで済んだのは、彼女が事前に掛けておいた防護魔法のおかげである。
「あっれー、屋根しか吹っ飛ばせなかった。クレーター空けるくらいのつもりで撃ったのに」
無数の瓦礫と研究論文の紙が空を舞う中、フォルティシアは自分を見下ろす存在に視線を向けた。
「はっ、人が忙しい中にやってくれるわい。何様か知らぬが……誰じゃおぬしは」
「フフッ、”人じゃない“のはそっちじゃなくて?」
「関係ないのぉお客人、質問に答えろッ!!」
フォルティシアの右手に、巨大な金属製の宝具––––『インフィニティー・ハルバード』が顕現した。
だが、白色のマジックハットに同色のマントをたなびかせた少女は臆する様子も見せない。
襲撃者はハットのツバを持ち上げ、可憐なしたり顔を覗かせた。
「わたしは正義のスーパー大怪盗、名をイリア! 大賢者ルナ・フォルティシアさん––––あなたの宝具を今宵、頂戴しに参ったわ」
イリアは両手で、フォルティシアの身長に匹敵するほどの対戦車ライフルをマントから取り出した。
お暇があれば私の前作【国営パーティーの魔王攻略記】もぜひお読みください。
きっと本作がより楽しめますよ。




