第304話・同盟
「……一体どういうことかな? 神を殺した裏切り者の元勇者である君が、大天使である僕と同盟を組もうって? 今……確かにそう聞こえたんだけど」
神力をひとまず収めた東風は、金色の瞳でラインメタル大佐を見つめた。
同時に、今度はキッチリ内臓を潰せるよう念動力の準備をする。
「そのままの意味さ、私は君に協力する用意がある」
「……一応聞いてみようか」
東風の返答に、大佐はゆっくり応えた。
「1週間後……ミリシア王国、アルト・ストラトス王国を始めとする我々『連合王国同盟』は、君たち大天使––––ひいては『天界』へある宣言を行うだろう」
「ある宣言?」
「そうだ、もし宣言が行われれば……君はもうメイド喫茶など営んでいられないだろうね」
愉快に笑いを見せる大佐、その間も東風は彼の表情を分析していた。
人間の嘘など幾千万も見抜いてきた。
僅かなまぶたの動き、瞳の揺れ、身体の震え、どれか1つでも引っ掛かれば即座に内臓を潰す。
人間を遥かに超える観察眼を持ってして凝視するが、すぐに結論は導き出された。
「本当に……嘘ではないようだね」
眼前の勇者は真実を述べていた。
天使の目を使っても、嘘は微塵も見当たらなかったのだ。
「だから言っただろう……? 協力する用意があるとね」
「一応聞こうか」
「君の営むメイド喫茶を、こちらで宣言後も守ってあげよう。私の権力ならそれが可能だ」
「解せないね、君が得るメリットが全く見えてこない。それじゃあ同盟とは言えないんじゃないかな?」
「メリットならあるさ」
拳銃をホルスターへしまいながら、大佐は歩を進め始める。
「ウチの生徒がせっかく勤め始めたバイト先が、人類の都合で潰れたんじゃ可哀想だ。それではイリインスキーくんや、彼氏のイージスフォードくんを悲しませてしまう」
「いやいや、まだ方便に聞こえるよ……。さっき干戈を交えてよくわかった、君は合理主義の権化––––まさに悪魔と言って良い。そんな悪魔の誘惑に僕のような天使が乗るとでも?」
「乗るさ、乗らざるを得ない。何故ならこれは必然だからだ」
大佐と大天使の距離が、10メートルを切った。
「私は––––“君の目的”を知っている、君は近いうちに※※を……」
王都を凪いだ突風が、周囲に雑音をもたらした。
「起こそうとしているんだろう?」
逡巡は一瞬だった。
大天使はラインメタル大佐の言葉を聞いて、発動寸前だった念動力を完全に収めた。
同時に、顔色を青くする。
「ハハッ……さすがは元勇者、聞いてはいたが本当に合理主義の悪魔だ。まさか本当にそこまで知り、至っていたとはね」
互いの距離が5メートルを切る。
「東風、君の真の目的は私も同じく目指すところだ。つまり利害が一致している、同盟を結ぶには十分過ぎる理由だと思うが?」
「僕が目的を完遂することが、君の野望の一助になると?」
「無理にとは言わないさ、だが悪い話じゃないだろう? 本当なら他の大天使たちにリークしても良い情報だからな」
「元勇者……、君は実に交渉が上手いようだ。その判断が人類全てに仇なすと、本当にわかった上で言っているのかい?」
「数年前死に損なった私に、今さら人類の運命がどうと説法を説くつもりかい? 野暮な話はよそう。私と組むか組まないか––––今すぐ選べ」
差し出された魔性の手を、大天使東風はガッチリと握った。
厚く、力強く、国家同士の取り決めより重い握手が交わされた。
「同盟成立だな、よろしく頼むよ––––大天使東風」
「あぁ、よろしく。必ず目的を達成しようじゃないか」
軍の増援が到着した頃、既に東風は消え去っていた。
後に残った大佐は、不気味に頬を吊り上げる。
「すまんなグランくん、イージスフォードくん。そして人類よ……私の目的はずっと変わらない、これまでも、これからもだ。必要が必要であるがため––––私は私のためだけに動くよ」




